警視長の娘



「ごめんね」

「青葉くん?」


 私、もしかしてでしゃばりすぎた?


 青葉くんの方を見ると、泣きそうになりながら私に視線を向けている。その顔が、私に罪悪感を覚えさせてくるの。


 そうよね。あれだけ心配してくれたのに、私ったらありがとうも言わないで突っ走って。

 勝手に行動しちゃったから、怒ってるのかな。


「梓ちゃん、先に行ってるよ」

「は、はい……」

「君もおいで」

「はい。すみません」


 何かを察してくれた牧原先輩は、カバンを拾った美香さんを連れてお店に戻ってしまった。一緒に行きたかったけど、青葉くんが動きそうにない。


 気まずい。別れようって言われたらどうしよう……。


「青「鈴木さん」」

「は、はいっ!」


 ごめんなさいと言おうとしたけど、それを遮って青葉くんが私を抱きしめてきた。カチャンと音がしたと思ったら、アスファルトにカッターナイフが落ちる。


「あのさ、俺……。俺さ」

「青葉くん……?」

「……ごめん。えっと」

「……別れたくないな」

「え?」

「青葉くんの言葉聞かずに、こんな騒ぎ起こしちゃったから。呆れちゃったんでしょ?」


 続く言葉が怖くなった私は、青葉くんの身体を押し退けて笑う。うまく笑えてる気がしないけど、どうしようもない。


 私の言葉を聞いた青葉くんは、驚いたような顔をして固まった。それでも、両腕は私の背中に回されている。

 結局、私も美香さんと変わらない。その手が離れてしまうのが怖いの。


「私、すぐ突っ走っちゃうから。せっかちで、自分でも嫌になる」

「鈴木さん……」

「私も、美香さんと同じ。今、青葉くんに別れようって言われるのが、すごく怖い」

「……」

「青葉くん、怖かったよね。あんなところ見ちゃったら、昔のこと思い出しちゃうよね。それなのに、来てくれてありがとうね。だからさ、だから……」


 だから。

 それに続く言葉が見つからない。いえ、本当はわかってる。


 だから、「一緒に居たい」。

 そう言いたい。言いたいけど、それは青葉くんを縛り付ける言葉でしかないから。

 それを言ったら、もう戻れない気がして。


「鈴木さん」

「ご、ごめんね。私ばっかり喋って、その」

「鈴木さん。不安にさせてごめんね。すごく格好良かったよ」


 どこに視線を向けたら良いのか分からず地面を見ていると、青葉くんが再度私の身体を引き寄せてくれた。その体温は、とても温かい。夏なのに、心地よいもの。


 そこで初めて、ここが外だと言うことを思い出す。


「あ、青葉くん……。外、見られちゃう」

「離さなくていいの?」

「え?」

「俺、すげー格好悪い。何もできなかった。鈴木さんの影に隠れて、何も」

「だから、今のは私と美香さんの喧嘩であって、青葉くんは関係ないんだってば」

「頑固」

「うっ……」

「そういうところも、好きだよ。俺、頑張るから。鈴木さんにこんな危ない目に合わせないように頑張るから、隣居ても良い?」

「……いいの?」


 でも、外でもどこでも良いや。


 青葉くんが隣に居てくれるなら、どこだって構わない。


「俺のセリフだよ。これからもよろしくね」

「……うん」

「不安にさせて、ごめんね」

「うん……。先輩たちのところ、行こう」

「うん、行こうか。……あ、その前にさ。聞きたいことがあって」

「なあに?」


 カッターナイフを拾ってポケットに入れた青葉くんは、私の手を握って口を開く。



***



「聞きたいことがあって」

「なあに?」


 炎天下の中、鈴木さんをここに留めてしまった。脱水症状大丈夫かな? 後で、たくさんお水を飲ませよう。


 でも、これだけは聞いておきたい。


「……あの、さっきのナイフをパシーンって弾いたのって」

「ああ、パパから教えてもらったの。小学校入る時」

「え?」

「え? 瑞季も要もできるけど……」

「……」


 そうだこの人、警視長の娘だ。


 どうして、今までそれを忘れてたんだろう。

 てか、瑞季ちゃんたちもできるの? サラッとすごいこと言ったよね。


「青葉くん?」

「あ、ご、ごめん。……俺も今度教えてもらいたいな」

「いいよ! パパ、そういうの好きだから、喜んで教えてくれると思う」

「……う、うん」


 警視長の娘、強い……。


 改めて彼女を怒らせないようにしようと心に誓いながら、俺は鈴木さんの手を引いて喫茶店へと向かう。

 次は、俺が頑張る番だ。


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