その選択肢では避けられない


「梓ちゃん!」

「美香さん、来てくれてありがとうございます」


 私は、美香さんとの集合場所を神城駅に変更した。本当は、前会った商店街だったんだけど。

 美香さん、快くここまで来てくれたんだ。


 改札口を出たところで、私は彼女と合流した。

 サングラスしていても、オーラがすごいわ。改札出る前から、どこに居るかすぐにわかっちゃった。

 ……隣並んで歩くと恥ずかしいな。でも、ここは人通りがないからまだ良いか。


「この辺、ファミレスあるの?」

「ないです。改札出てすぐのところに知り合いの喫茶店があるので、そこでどうかなと思って。カロリーハーフとか小さなケーキもあるので、美香さんも食べるかなと……」

「そうなんだ。気を遣ってくれてありがとー。行こうか」


 美香さんは、私の言葉にあまり喜んだ様子を見せない。前、ケーキ美味しそうに食べていたから好きかなって思ったんだけど。違ったのかな。

 それでも、美香さんは私についてきてくれている。


「あの、この前ごめんなさい。私、美香さんに酷いこと言いました」

「……うん。私も、色々ごめんなさい。あれから冷静になってみて、梓ちゃんに申し訳ないことしちゃったって思ってね」

「いえ、私があんなこと言ったから。私だって、同じこと言われたら……美香さんにされた以上のことすると思います。だから、美香さんは悪くないです。謝らないでください」

「梓ちゃんは優しいね」


 そう言って、美香さんは笑ってくれた。

 許してくれたのかな。私は全然優しくないよ。美香さんの方がずっとずっと優しい心の持ち主だよ。


 でも、気がかりなことがあって、美香さんはさっきから持っているカバンに片手を入れたまま歩いているの。何かなくしたのかな。

 私もよくそうやってカバンの中漁ってるから気持ちがわかる。鍵とか小さいものって、カバンの中でよくなくなるんだよね。


「美香さん。青葉くんのことなんですけど、その喫茶店に来ていて一緒に話そうって」

「……」

「美香さん?」


 喫茶店が視界に入る距離になると、美香さんの動きがゆっくりとなった。

 早く歩きすぎたと思った私は、話の途中で後ろを振り向く。


 その時だった。


「渡さない。五月くんは、渡さない」


 美香さんは、カバンから手を出した。

 そこには、カッターナイフが握られている。


「……美香さん?」


 その刃は、真っ直ぐこちらに向けられていた。

 



***



「1人で行かせてよかったの?」

「良くない」

「でもまあ、梓ちゃんがあそこまで言うなら見守るって選択肢でよかったと思うよ」

「……自分が嫌になる」

「不機嫌すぎ。せっかく店空けてあげたんだから、ニコニコしててよ」

「感謝してますよ」


 俺は、牧原先輩の喫茶店に居た。

 鈴木さんが美香さんをここに連れてきて、俺も話をすることにしたんだ。牧原先輩に連絡したら、「今の時間帯お客さん居ないから良いよ」と快く承諾してくれた。むしろ、俺のこと心配してくれてたようで、目の前でやってくれたら安心するとまで言ってくれた。

 ケーキ、10セット買います。まじで。


 鈴木さんが美香さんと2人きりで話がしたいって言ってたけど、どうしても行かせたくなくてこういう選択肢を用意した。鈴木さんは、渋々だけど頷いてくれたよ。

 駅からここに来るまでに話をして、俺にバトンタッチ。外なら人通りあるし、美香さんも下手なことはできないだろうなって思って。


「あ、来た来た」

「……」


 改札口から2人が出てきた。

 窓際の席で牧原先輩と一緒に外を見つつ、俺たちは会話を続ける。


 鈴木さんは、美香さんと一緒に笑っていた。

 仲直りできたのかな。本当、こんなことさせておいて俺は何をしてるんだろう。結局、鈴木さんを巻き込んでしまって。


 過去のことが片付いたら、もう一度鈴木さんと会話しよう。鈴木さん、俺への気持ちが変わってるかもしれないし。彼女にこんな負担かけて、俺は彼氏失格だ。


「やっぱり、モデルさんは映えるねえ」

「ちょっと細すぎですけどね」

「確かに。梓ちゃんの方が僕は好き」

「そうやって取らないでもら……!?」


 牧原先輩の発言にイラッとしていると、不意に鈴木さんが後ろを振り向いて立ち止まった。その止まり方が不自然に感じた俺は、すぐさま立ち上がり店の入り口へと走る。


「どうし……!? 五月くん、急いで!」

「言われなくても!」

「姉貴! 店番変わって」


 ドアを開けると、涼しげな鈴の音が聞こえる。でも、今はその音を悠長に聞いている暇はない。

 俺たちの見間違いでなければ、美香さんの手に刃物が握られている。その刃先が、鈴木さんの方へ向いていたんだ。


 間に合え。間に合え。

 1人で行かせるんじゃなかった。俺が行くべきだった。


 俺の脳裏には、過去に夢で見た真っ赤な鈴木さんが映っている。


 

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