優しさに包み込まれて
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
パパに双子をお願いした私は、準備を整えて家を出た。
さっきから、数分毎に青葉くんから電話がかかってきてるの。読んでないけど、ラインも。
スマホの電源を落としたいけど、美香さんから来てたらって思うと落とせない。
どうしてわかったんだろう。それとも、別の用事?
青葉くん、ごめんね。こんな醜い私を、見て欲しくないんだ。
だからスマホを見ずに、駅に向かって早足で歩く。
でもね。
「……鈴木、さん」
心のどこかではわかってたんだと思う。
彼がこうやって、私の前に姿を現すんだってことを。
「……青葉くん」
「どこ、行くの」
息を切らし顔に汗をかきながら、前から来た青葉くんが私の手首を掴んできた。
その力はとても強い。
いつもの優しい青葉くんではなく、痛いくらいに強く掴んでくる。それを、私は簡単に振り解けない。
「青葉くん、痛い」
「離さないよ。離したら、鈴木さんは1人で行くでしょう?」
「……友達と会うだけだよ」
「友達って誰?」
青葉くんの顔をまともに見れない。
美香さんと会うなんて知られたら、きっと青葉くんは全力で止める。それに、あんな嫉妬剥き出しに美香さんへ攻撃してしまったなんて知れたら、最悪離れて行ってしまうかもしれない。
私は、そのどちらも怖い。
下を向いてなんと言ったら良いか考えていると、突然、青葉くんが私の身体を抱きしめてきた。
「無事で良かった……」
「……青葉くん」
「美香さんに会おうとしてたんでしょ?」
抱きしめるその力は、先ほどの比じゃないほど優しい。いつもの青葉くんだ。
でも、絶対離さないって意思が私にも伝わってくる。
暑いとか、外だから恥ずかしいとか、今の私にそんなことを考えている余裕はない。
「青葉くん、あの」
「何?」
「私、美香さんに強く当たっちゃってその……。謝りたいから、行きたい」
「喧嘩したの?」
「私が悪いから喧嘩じゃない」
「鈴木さん」
内容を聞かれたらどうしよう。青葉くんがこんな女だって気づいて、離れていったらどうしよう。
今の私には、それしか頭にない。
でもこうなったら、正直話すしかないのかな。
黙って嫌われるより、全部話して嫌われた方が気分的には楽かもしれない。
「間違ってたらごめんね。鈴木さん、もしかして前の俺の話聞いて不安になっちゃったの?」
「……」
「だったら、ごめんね。それは、俺のせいだ」
「違う! 私が、美香さんが嫌がること言っちゃって。……青葉くんは美香さんがいないとダメだって。青葉くんがベッドで激しいって聞いて頭の中ぐちゃぐちゃになって。青葉くんの考え聞いてないのに、自分はセフレじゃないって勝手に言っ「え、待って」」
正直に話すと、青葉くんが慌てた口調で止めてくる。
その勢いに驚いて顔をあげると、悲しい顔をした彼と目が合った。
「何? 鈴木さんは、俺がセフレだと思って付き合ってると思ってたの?」
「……だって、私何も特技とか誇れるものとかなくて。青葉くん、なんでもできるから。美香さんとの方がお似合いなのは、わかってて、その」
「鈴木さん、それ本気で言ってるなら怒るよ」
違う、悲しんでるんじゃない。
これは、怒りだ。青葉くんは、私に向かって怒りの感情を見せてくる。
でも、事実を言っただけ。
私なんて、ちょっと勉強ができて、家事が得意なだけ。青葉くんみたいに器用じゃないし、美香さんのように綺麗な人でもない。月とスッポンみたいな、そんな感じ。性格も悪いし、救われない。
私は、本気でそう思ってる。
「だって! だって、マリは明るくて友達たくさん作れるし、ふみかはカメラ、由利ちゃんは本好きで、詩織はテニスすごいし。美香さんも、モデルさんとしてすごく努力して頑張ってる。でも、私は……私は、何も持ってない」
だから、いつも不安と隣り合わせ。
家事しかしてこなかった私は、最近の流行りも何も知らない。誇れるものがない。
それなのに、みんな仲良くしてくれてる。その状況が、私にとっては嬉しい反面怖い。
青葉くんは、私の話を聞くと再度ギューッと抱きしめてくる。
「鈴木さんは、もう少し自分のこと褒めて良いと思うよ」
「……褒める?」
「鈴木さんはすごいんだよ。周りの人を元気にさせるし、素直に頼ろうって気持ちにさせてくれる。それに、家事だって誇って良い。家綺麗だし、ご飯も美味しい。双子だって、いつも笑顔でしょう?」
「でも、それは当たり前だから」
「じゃあ、それが当たり前じゃないって気づくまで、俺が鈴木さんを甘やかすね」
そう言って、青葉くんは駅の方面へと私を引っ張っていく。繋がれた手が、とても温かい。
私は、それに素直についていく。
「……青葉くんは、どうして私に優しいの?」
「好きだからだよ。それに、俺だって鈴木さんに救われてるから」
「……わかんない」
「いいよ、それで。それより、美香さんとの話し合いなんだけど……」
それに続く言葉に「わかった」と答えると、青葉くんはすぐに電話をかけ始めた。
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