緊急事態一歩手前


「美香さんは、五月にどうして欲しいんすか」


 廊下の騒がしさと控室の静かさが入り混じる中、オレは再度、その質問を美香さんに向かって投げつけた。

 スマホを片手に立ち尽くす彼女は、何を考えているかわからない表情でオレを見ている。


「……奏くんも、あの女の味方なの?」

「は?」


 どのくらい無言が続いただろうか。

 多分数分だと思うが、オレには数十分は経っているように感じた。そのくらい、体力を消耗させる圧が目の前に居座っている。


「あの女のどこが良いの? 私の方が、五月くんを満足させられる」

「あのな、そういう問題じゃなくて……」

「じゃあ、どういう問題なの? 意味わかんない。私の方が、五月くんに相応しいのに! みんな騙されてる!」

「美香さん、声抑えて」

「五月くんは私のものだもん! どっちが相応しいか、すぐにわかるから!」


 美香さんは、そのまま逃げるように控室を出て行ってしまった。


 その勢いにやられてしばらくボーッとしてたけど、すぐに控室の机に置きっぱだったスマホを手に取る。

 なぜなら、さっきのライントーク画面が美香さんのメッセージで止まっていたことを思い出したから。


 梓は、相手からきたメッセージを絶対に無視しない。一言でもスタンプでも、何かしら返事をするのをオレは知っている。

 でも、勘違いでありますように。心配しすぎでありますように。


「出ろ。早く出ろ。まずいぞ……」


 確か、今日は梓たちが五月の家に遊びに行ってるはず。とりあえず今のことを伝えて、五月に送り迎えを頼もう。

 五月のことを悪く思ってないってことは、あいつが居れば美香さんもブレーキかかるだろ。

 そう思って、五月に電話をかけた。


「五月! 緊急事態!」

『なんだよ。今、洗い物してて』

「梓は!?」

『居ないよ。夕方から、用事ができたってさっき帰った』

「それに行かせるな、今すぐ連れ戻せ! 梓が危ない!」

『は?』


 今起きたことを簡潔に説明すると、五月は途中で通話を切りやがった。

 でも、それで良い。緊急性が伝われば、オレの役目は終わりだ。仕事を抜け出すわけにはいかないし、あとは祈るしかない。


 オレは、休憩時間が残り15分になっていることに気づき、急いで飯をもらいに廊下へ出た。

 ついでに、Bスタのスケジュールも覗き見してこよう。



***



「ねえちゃん、飛行機小さい!」

「小さい! おにいちゃんのところの方が大きかった」

「青葉くんの家、高いからね。楽しかった?」

「うん!」

「うん! もっと居たかった」


 家への帰り道、双子がものすごくはしゃいでて可愛いの。

 瑞季は手足にネイルを塗ってもらっていて、要はヘアセット。短時間でパパッとやってくれてね。やっぱり、青葉くんはすごいよ。


 私も、手だけネイルやってもらったんだ。ピンクでラメ入りのを下地に、ペロペロキャンディの立体ネイル! 初めて見たんだけど、3Dジェルを使ってデザイン作ってくれたの。筆でぺたぺたされるの、面白かった。

 でも、足はちょっと恥ずかしくてね。すぐ出せる瑞季が羨ましかった。


「またお邪魔しようね」

「うん!」

「行く! にいちゃんに、うちにも来てもらう!」

「そうだね。うちでも美味しいものご馳走しよう」

「わたし、料理作れるようになりたい」

「ぼくも! にいちゃんに美味しいって言ってもらうんだ!」

「じゃあ、今日の夜作ろうか。カレー?」

「「カレー!」」


 ということで、今日の献立が決まったわね。

 買い足しはお肉くらいかな? 確か、ルーはキッチンの引き出しにあったし。


「……」


 家の冷蔵庫の中を空で確認していると、ポケットに入っていたスマホが震え出した。

 手に取り画面を見ると、そこには「青葉くん」の文字が。


「ねえちゃん、どうしたの?」

「行こうよ」

「あ、うん。今行くよ」


 私は、そのままポケットにスマホを戻した。

 今はなんだか出たくない気分なの。


 それより、冷蔵庫の中を思い出して。

 野菜室に、ジャガイモは入ってた? 1つはあったけど、それじゃ足りない気がするし。帰ったらパッと冷蔵庫見て、すぐ出かけよう。

 そして、美香さんとの用事が終わったらその足でスーパー行くんだ。


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