守りたい気持ちが加速する


「カット! 一旦休憩入ります!」

「お疲れ様でした!」

「あちらにケータリングあります。各自お好きにどうぞ」


 公園の噴水前で殴り合うシーンを撮り終えたところで、休憩に入った。

 そこのシーン、噴水に落ちるか落ちないかのギリギリのところで拳をぶつけるっつー結構体力使うやつでさ。落ちたら撮り直しだからめちゃくちゃ神経も使ったわ。

 だって、濡れたら服も照明用のメイクも全部最初からやり直しだぜ? どんだけ時間使うんだって話。


 まあ、オレは天才だから普通にできたけど。

 でも、怒鳴りすぎて声が出ない。


「奏くん、お疲れ様」

「おつ、かれしゃす……」

「あはは。大変だったねえ」


 同じく怒鳴り合った相手は、爽やかスマイルで何事もなかったかのように話しかけてくる。まじで余裕じゃんか。

 畜生、帰ったら喉を鍛える特訓してやる!


 オレは、そんな相手に頭を下げつつ控室に戻る。すると、


「奏くんー、お疲れ〜」


 控室前に美香さんが居た。

 いつもの笑顔で、こっちに向かって手を振っている。


 なんか、前の美香さんに戻った気がする。あのサバサバした感じの。

 もしかして、海外の話が来て吹っ切れたんか? なら、良いんだけど。


「お疲れっす。今日、撮影ですか?」

「うん、隣のBスタで」

「ってことは、雑誌の撮影っすね」

「そう。雑誌用メイクは、五月くんじゃないと照明が悪いね」

「まあ、そっすね」


 オレは、美香さんと話しながら控室のドアを開ける。今日は準主役だから、1人の控室なんだ。


 オレが控室へ入ると、美香さんも「入って良い?」と聞いてきた。ダメな理由がなかったから「良いっすよ」と言って招き入れる。ドアは中に人が居れば基本開けっ放しだし、ADが廊下通るしで変な噂は立たねえし。

 でも、それが良くなかったかもしれない。


「……」


 美香さんは、部屋に入るなりスマホのライン画面を見せてきた。その相手の名前に、思考が停止する。


「その様子だと、知ってるみたいだね。鈴木梓ちゃん」

「……同じ、学校ですから」

「それだけ?」

「何がです?」


 冷や汗が背中を伝うけど、きっとこれはさっきの撮影でかいた汗だ。タオルで拭いたつもりだったけど、残っていたんだな。

 だから、落ち着け。オレが焦ってどうする。


 見せられたライントーク画面には、いくつかメッセのやりとりがされていた。けど、ここからじゃ内容までは見えない。

 でも、五月が予想していたように梓は美香さんと会ったことだけは確定したな。


「鈴木梓ちゃん。五月くんの新しいセフレだよね? そうだよね?」

「……」

「五月くん、新しいセフレできたから私に構ってくれなくなったんでしょう?」

「……美香さん」


 美香さんは、先ほどとは違って無表情でスマホ画面を見せ続け、そんなことを言ってくる。

 直感的に、危ないと思った。でも、ここで黙っていたらもっと危ない。


「美香さんは、五月にどうして欲しいんすか」

「どうって……」

「五月は、寄ってくる女たちの言いなりになってセフレの関係を作ってきた。流されるままに、死んだように女の言うことに従ってきたあいつをオレは近くで見てました」

「……」

「あいつ、女抱いた後は過呼吸で倒れて救急車の世話になってたんです。そんな奴が初めて女を好きになって、今までのセフレ全員に謝罪しに回ってる。美香さんは、その謝罪だけじゃダメなんですか。あと、五月にどうして欲しいんですか」

「……そんなこと、知らない。私の時は倒れてない」

「倒れてますよ、何度も。オレも救急車乗って付き添いしてますから」


 オレの話を聞いた美香さんは、スマホを掲げていた手をおろして呆然とした表情でこちらを見てくる。何を考えているのか、オレには全くわからなかった。

 でも、ここまで言ったら止められない。


「美香さんは、五月にどうして欲しいんすか」


 オレは、再度その質問を美香さんに向かって投げつけた。



***



「……」


 お昼を食べ終えたところで、スマホが震えた。

 パパかなって思って確認すると、それは美香さんからのラインだった。


『前回はごめんね。謝りたいから、会いたいな。夕方から暇?』


 絵文字と一緒に、そんな内容が書かれている。

 一方的に攻撃したから、私も謝りたかったんだ。良かった。


「青葉くん、悪いんだけど夕方に用事ができちゃって」

「わかったよ。要くんたちはどうする?」

「一旦家帰るから、みんなで失礼するよ。あ、お皿洗いはしてく」


 今日は、青葉くんとパスタ作ったんだ。

 すごいよね、麺製造機って言うの? あのニュルニュル出てくるやつがあったの。双子ってば、大興奮。もちろん、初めて見た私もね。

 味も、乾麺とは大違い! ちょっと食べすぎちゃった。


「大丈夫だよ。じゃあ、そろそろ帰る準備しようか」

「でも……」

「じゃあ、片付けだけお願いしようかな。キッチンに持って行ってくれればあとはやるから」

「わかった。ごめんね」


 午後からパパが休みだから、双子はお願いしちゃおう。

 今から帰れば、16時にはいけそうかな。



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