寂しい顔をさせたくなくて


「いらっしゃい、鈴木さん」

「お邪魔します、青葉くん」

「こんにちはっ!」

「おじゃましますっ!」

「瑞季ちゃんと要くんもいらっしゃい」


 朝から、鈴木さんと双子がうちにやってきた。

 ずっと引き延ばしにしていたことが実現して、とても嬉しい。


 にしても、鈴木さん目を合わせてくれないな。昨日のことで、俺を男として認識してくれたってこと? 今日は、今までみたいに露出のある服じゃなくてぴっちり肌を隠した服だし。

 それはそれで、喜びの気持ちと残念な気持ちが半々。


「鈴木さんも上がって」

「う、うん……」


 瑞季ちゃんと要くんがリビングに走っていく中、鈴木さんは動こうとしない。目を泳がせ、頬をピンクに染めて下を向いている。

 良く見るとクマもあるし、昨日あんま寝れてない?


「チューする?」

「……瑞季たちいるもん」

「2人きりの時はしていいの?」

「お邪魔します!」


 はい、可愛い。はい、優勝。


 ちょっといじめちゃった。けど、可愛いから仕方ない。

 俺は、上がってきた鈴木さんをギューしてから、一緒にリビングへと向かう。すると、


「にいちゃんち、すごい!」

「広い! 美容室!」

「怪我しないようにね」

「はーい!」

「わかった!」


 双子が大興奮しながら、機材や外の景色を眺めていた。

 やっぱり、瑞季ちゃんは女の子だな。すぐにネイル台の上に置いてあったキラキラのネイルパーツに釘付けになってる。あれは仕事用だから、似た感じのやつをつけてあげようか。


 その前に、飲み物を……。


「そうだ、青葉くん。これ」

「なに?」

「パパから。ブドウジュースとクッキーだって」

「わざわざありがとう。みんなで食べようか」

「うんっ! 私の好きなクッキー専門店のね……」


 キッチンに行こうとすると、鈴木さんがカバンの中から100%ブドウジュースとクッキーの包み紙を出してきた。

 それを受け取ると、少しだけ手が鈴木さんの手に当たってしまう。


 もうね、それだけで顔を真っ赤にしてくるんだ。マジで意識しすぎて、鈴木さんが死にそう。

 でも、俺も結構ヤバい。


「鈴木さん」

「あっ……ご、ごめんなさい。私、えっと」

「昨日ので意識しちゃった?」

「……はい」

「嬉しい。俺もね、同じだよ」


 慌てふためく鈴木さんの手を取り、そのまま自分の胸に持っていく。これで、心臓の音わかってくれるかな。


 鈴木さんと話す時は、大抵こうなるんだよ。


「……速い」

「うん、速いでしょう」

「わ、私も! その、えっと」

「!?」


 心臓の鼓動を確認させると、焦った鈴木さんも同じく俺の手を取って胸に引き寄せてくる。

 初めて手で触るその柔らかさは、思考を全停止させるだけの威力があった。


 無意識にやっていたようで、俺の反応を見た彼女がすぐに手を離してくる。


「ごめんなさい!」

「ねえ、あそこにあるの飛行機だよな!」

「ちがうよ、あんな大きいわけないもん!」


 それも、双子の会話で中断した。

 良かった、助かった。ありがとう、瑞季ちゃん、要くん。

 理性がぶち壊れるところだった。心臓が口から出てきそう。あれ、出てきてないよね?


 俺は、そのまま双子のところへ言って会話を続ける。


「あれは飛行機だよ。大きく見える?」

「見える! すごい!」

「飛行機なの!?」

「ここ、結構高いから」


 会話しつつチラッと鈴木さんを見ると……なんだか、複雑そうな顔してるな。


「鈴木さんもおいで。飛行機見えるよ」

「う、うん……」


 飛行機見たら、お茶にしようね。

 その後、ネイルしてシャンプーして、双子たちと遊ぼう。だから、そんな不安な顔しなくて良いよ。



***




「カット! 確認入ります」


 今日のスタジオは、夜の公園だ。


 ここで、主人公の親友役のオレがその主人公を慰め喝を入れる。相手のワイシャツに掴みかかり勢いよく引き寄せたところで、監督確認が入った。


「お疲れ様っス」

「お疲れ様です。さすが、奏くんだね。気迫がすごい」

「ありがとうございます。ワイシャツ、シワになっちまいました。すみません」

「アイロンかければ大丈夫」


 主人公は、オレより少し年上の人気俳優。誰もが知っている実力派だ。オレも尊敬しているし、密かにファンだったりする。

 だから、あまりこんな掴みかかるような役はしたくねぇんだけど。まあ、役だから。


「それより、今日は君の本物の親友くんは来てないの?」

「今日は来てないっス」

「そうなんだ。今度のスナップ、お願いしようかなって思って」

「本人に言っときます? それとも、マネージャー通した方が?」

「マネージャー通すよ。五月くん、カメラ映えするメイクするから気になってたんだ。君がいつも羨ましかった」

「そんな……」

「最近明るくなったよね、彼。僕らの事務所でも話題になってるよ」


 最近そんな感じの話が増えた。

 嬉しい反面、オレの専属ではなくなっていく五月を寂しく思う。でも、それで良い。あいつにはあいつの世界があるから。


「監督OK入りました! 次、シーン12行きます!」

「だってさ。行こうか」

「うっス」


 撮影が終わったら、一応五月に伝えておこう。


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