どうしようもないその感情で

言葉にできない不安と共に


「ってことで、手を出さなかった俺を褒めてください」

「待て。今の話ってもしかしてめちゃくちゃ高度な惚気だった?」


 仕事を終えたオレは、ケーキ作ったと連絡来たから五月の家に来ていた。


 梓が美香さんと接触したかもしれないって話も聞いたから、飛んできたんだ。飛んできたのに……。


「え、惚気になってた? ごめん」

「クソが。急いで来たのに」

「お詫びのケーキ」

「食う」


 五月はオレの胃袋を掴んでいる。悔しいが、逆らえない。梓にも掴まれてるし、オレの弱点は胃袋なのかもしれない。


 皿に乗ったケーキとフォークを受け取り、早速口に持っていく。……うん、うまい。その辺の下手なケーキ屋より、ずっとうまい。


「でもまあ、梓ってヤりたいとは思わねぇんだよな」

「は? お前、鈴木さんのことそんな目で見んな」

「いや、だから! 見れねぇって言ってんの。なんつーかな……ヤりたいより、愛でたいというか。甘やかしたいって感じ」

「あー、それは同意。あの口可愛いよね。食べ物が吸い込まれてくの見てると幸せになる」

「五月のも突っ込んでやりゃあいいじゃん」

「死ね。お前の口に突っ込んでやろうか?」

「男がフェラして誰が喜ぶんだよ!」


 冗談って知ってます!?

 そんな恐い顔しないでもらって良いですか!?


 オレをひと睨みすると、五月も同じくケーキを持って対面して座ってきた。なんか、最近ケーキ食う機会増えたけど、これも梓の影響だろう。

 まあ、こいつ細いから良い傾向だと思う。


「はー、鈴木さんを甘やかしたい」

「やっぱ、惚気じゃねえーか!!」

「まあ、冗談は置いといて」


 ケーキを一口食ってフォークを置いた五月は、テーブルに肘をつきながら外を眺めていた。何か言葉を探しているように感じるものの、それを急かしたら一生聞けない気がする。

 そう思ったオレは、窓際に並べられた機材に目を向けた。


「……結構、使い古されてきたな」

「うん……。大事に使ってるけど、カラーとかは落ちにくいね」

「アルコールで拭くと、余計劣化すんだろ?」

「そうそう。最初、それやっちゃって千影さんの雷落ちた」

「あー……。怖そう」

「千影さん、怒ると怖い」

「後ろに鬼が居そう」

「絶対居る」

「数匹居る」


 見たこたあねぇけど、想像は容易い。

 千影さんが1番嫌がるのって、物を大事にしないことなんだよな。よく撮影の場所でも、それを理由に新人ディレクターに冗談半分で怒ってるよ。その冗談が、彼女の気持ちの余裕なんだと思ってる。


 オレと五月の意見が合うと、自然に笑いが込み上げてきた。五月も同じらしく、肩を震わせて笑っている。

 こういうの、良いよな。


「……俺、今週の撮影後にケリつけるよ。このまま怯えてるのは、良くない」

「ケリって何すんのさ」

「とりあえず、話す。誰かの居る場所でね。美香さん、海外から引き抜ききてるんでしょ? 誰か居れば、ブレーキかかると思うから」

「……」

「ズルい、かな」

「いや、んなこたあねぇ。むしろ、あっちがズルいことしてるし、なんなら犯罪級のこともしてるから。ただ、胸騒ぎっつーのかな。なんか……」


 オレは、胸の中にある漠然とした不安を言葉にすることができない。


 制服だけで高校を特定するって、相当だぞ? それに、梓とも会ったかもしんねぇんだろ? 確定じゃないが。

 不安要素が1つでもある中、オレは五月が動くのは賢明じゃないと思う。

 でも、だからってこれしろって代替え案が出せるわけでもなく。結局、言葉が出てこないんだ。


「心配ありがとう。元はと言えば、俺がズルズル引き摺ってた問題だから」

「……お前だけが悪いわけじゃねえよ」


 お前は安心して、梓と笑ってろよ。


 そう自信を持って言えたら、どれだけこいつは救われるんだろうか。

 死に損なったあの日から抜け出そうと親友が必死に努力してるって言うのに、オレと来たら。こいつを励ますだけで、現実には何もしてやれない。オレは、あの日からなんも成長していない。


「いつもありがとうね、奏」

「……こっちこそ」


 それでもお前は、こうやってオレに笑いかけてくれる。本当、オレにはもったいないくらいの親友だよ。



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