君に嫌われる、その日まで
「鈴木さん、篠田さんと会ったんじゃないでしょ」
「……」
「誰と会ったの?」
「……」
部屋に入るなり、鈴木さんは目に涙をたくさん浮かべて黙ってしまった。視線は、俺のエプロンに落ちている。
すぐに、嘘だとわかった。
篠田さんと仲直りしたなら、もっと嬉しそうな顔をするはず。
気づかないフリしてあげるのが正解なんだろうな。でも、心当たりがある俺は黙って見ていることはできない。
どうか、そうではありませんように。俺のせいで、鈴木さんに嫌な思いさせていませんように。
「言いたくない?」
「……うん」
「どうしても?」
「うん……」
「……わかったよ」
まあ、無理に聞いても嫌か。
そう思った俺は、彼女が持っているポシェットを受け取りベッドの上に置く。そして、力の限りその身体を抱きしめた。
どのくらいの時間が経っただろう。
そろそろ離さないと、苦しいかなと思った時だった。
「……青葉くんは、どうして私の身体に興味ないの?」
と、消え入りそうな声で鈴木さんが話しかけてくる。
「へ!?」
「私、魅力ないの?」
「……え? な、なんで」
「青葉くん、手を出さないでしょう? 私、子どもっぽいし、その……初めてだし。だから青葉くんが楽しめないのかなって思って……」
「……鈴木さん?」
「あ、えっと。その……」
聞き間違えかと思って聞き返したけど、聞き間違いじゃなかった。
驚いて腕の力を抜くと、真っ赤な顔してキョロキョロと視線を彷徨わせる鈴木さんが視界に入る。自分で言っておきながら、恥ずかしかったらしい。
俺は一呼吸置いて、鈴木さんと目線を合わせるため腰を屈めた。
「あのさ。そういうのって、俺が楽しむためだけにすることじゃないからね。鈴木さんのことが大事だから、簡単に手を出さないってだけ」
「……」
「だからって、鈴木さんに興味がないわけじゃないよ。今までだって、なんなら今だって、めちゃくちゃしたい。鈴木さんが結構着痩せしてるの知ってるから、余計」
「え……」
ほら。前からぎゅーってやると、当たる。柔らかいから、パットとかじゃない。見た目より結構ある。
「……2日連続でケーキ食べたから」
「なにその懺悔。太ってるって言ってるんじゃないからね」
「ふびゃぁ!?」
「あー、可愛い可愛い」
鈴木さんをクルッと回して、今度は後ろから抱きついた。でもって、腕で胸をフニフニする。……本当は手で触りたいけど。
それだけで、鈴木さんは身体を硬直させた。横顔を覗くと、これ以上にないほど真っ赤になっている。
これは、まだ怖がられてるな。無理矢理はしたくない。
「顔真っ赤。……俺も男だから、好きな子としたくないなんて思わないから」
「……本当?」
「本当。急に不安になっちゃったの?」
「……うん」
これ以上聞いても、鈴木さんを困らせるだけだ。
助け舟を出すと、すぐにそれに賛同してくる。
本当のところはわからない。
それに、あの人と接触するような偶然があるわけない。きっと、鈴木さんは誰か学校の友達に言われて不安になっただけなんだ。牧原先輩に会ったのかもしれな……それはやだな。今のなし。
「俺が鈴木さんに手を出す時は、それ以降他の男に奪わせないからね」
「……それって」
「意味、わかる?」
俺だって、不安だよ。
こんな暗くて刺青入れてる奴なんかが、鈴木さんに釣り合わないことくらいわかってる。でも……それでも、鈴木さんのことが好きだから。
一緒に居て良いなら、他のことは全部彼女のことを優先したい。いくらでも待てる。
「え……。えっと、できればお外に出たいです……」
「へ?」
「え、だって、前、どこかに閉じ込めてって話してたから」
「ぶはっ!」
「え、え?」
そういえば、そんな話した気がする。覚えてたんだ。
鈴木さんは、それでも一緒に居たいって思ってくれてるのかな。するつもりはないけど、ちょっと嬉しい。
思わず吹き出すと、鈴木さんが慌て出した。顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたり、忙しそう。
「な、何よぅ」
「なんでもないよ。大好きだよ、鈴木さん」
「……わ、私も。えっと、だいしゅき、あっ、らいしゅ」
「ぶはっ!? 鈴木さん、噛みすぎ」
「……馬鹿」
「鈴木さんはその馬鹿が好きなんでしょう?」
「大好きだよ」
「うん。……ケーキ違うやつ作ろうか?」
良かった。
鈴木さん、いつもの顔に戻った。
これからも、不安になったらこうやって向き合って行こうね。俺は、どんな鈴木さんも受け止められるだけの器は持ってるからね。
「ううん、食べる。チーズケーキ」
「わかったよ。次は、アップルパイ作るから。部屋、勝手に入ってごめんね」
「いくらでも入って良いよ」
「俺の家も、部屋も好きなだけ入って良いよ」
「……うん」
俺がドアを開けると、鈴木さんが手を握ってくる。
絶対、離さないよ。鈴木さんが、俺のこと嫌いだって言うまでは。
絶対に、何があっても。
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