汚ない自分は隠し通す
「出てよ、出てよ……。違うって言ってよ」
家に帰った私は、ソファに座りスマホを握る。
五月くんの番号に電話をかけても、いつも通り「おかけになった番号は〜」のアナウンス。ラインだって、既読がつかないまま。
「……私は貴方しかいないのに。私の方が五月くんのこと知ってるのに」
なのに、どうしてあの女を取ったの?
ずっと連絡がないから、あの女の発言が嘘じゃないってわかってる。それに、「話がある」って言われたのもそれ関連なんだって納得できた。でも、信じられない。
五月くんは、あの性格悪い女のどこが良いの? 絶対騙されてる。
「……出てよぉ」
きっと、あの女に言われて私のメイク担当から外れたんだ。事務所通して言うなんて、酷すぎる。
ううん、五月くんは悪くない。あの女が、五月くんを引き止めてるんだ。
私の方が容姿もスタイルも良いのに。セックスだって、あんな子どもっぽい子よりずっと五月くんを満足させてあげられるのに。
「うっ……」
私は、スマホを投げ捨てトイレへと駆け込んだ。
そして、手を喉に押し込んで、チーズケーキを吐き出す。
「オエッ、カハッ……」
気持ち悪い、気持ち悪い。
五月くんと食べたチーズケーキの思い出は、あの女に渡すもんか。
今日、私はチーズケーキを食べていない。そう、食べてないの。
トイレに、胃酸の臭いが広がっていく。手には、ドロドロの半透明の液体が。
それでも、気持ち悪いのが止まらない。
「五月くん、五月くん……」
あの女から、私が解放させてあげるから。
だから、また私の家で楽しいことしようね。私のこと満たしてね。そしたら、許してあげるから。
***
「ただいまー」
公園のベンチで服を乾かした私は、家に帰った。
今日、晴れてて良かったな。いや、雨なら雨で誤魔化せたか。
「おかえり、鈴木さん」
「……え?」
「ケーキ作ったから、透さんに連絡して遊びに来ちゃった。鈴木さんに連絡したんだけど、返事なかったから」
「あ、……ご、ごめん」
靴を脱いでいると、なぜか家には青葉くんが居た。
エプロン姿で、こっちに向かって歩いてくる。
「……鈴木さん、どこ行ってたの?」
「え……。えっと、友達とファミレスで」
「なんで泣いたの?」
「……えっと。マ、マリと! マリと仲直りして、その」
どうして気づかれたんだろう。
服乾かして、メイクも直したのに。
青葉くんは、私の言葉を聞くとそのまま抱きしめてきた。
「……そっか。仲直りできた?」
「うん……。今度、一緒に勉強する約束した」
「良かった。頑張ったね、鈴木さん」
「……」
青葉くんの体温が、服を通して私の身体に染み渡る。
気持ち良いと思う反面、この身体は美香さんの方がよく知ってるんだなってドロドロとした感情も出てきて。頭がパンクしそう。
隠さなきゃ。こんな醜い私、青葉くんに幻滅されてしまう。
「……鈴木さん?」
「あ、えっと。ただいま」
「おかえり。勝手に上がってごめんね」
「ううん。嬉しいよ」
「ケーキ、食べよう。みんな分あるから」
「何ケーキ?」
私は、笑顔で青葉くんに話しかける。気づかれないように、嫌われないように自然に。
すると、青葉くんは私から離れながら、
「チーズケーキ。奏がおやつに買ったクリームチーズが余っててね」
と、言って笑ってきた。
チーズケーキ。
チーズケーキ。
チーズケーキ。
その単語を聞いた私は、脱いだ靴を揃えるのも忘れて立ち尽くす。
頭の中に、あの笑顔が張り付く。フォークで美味しそうに口へ運ぶ、あの笑顔が。「最後には私のところ帰ってくる」の言葉が、どこからともなく聞こえてくる気がして。
「鈴木さん……?」
「あ、ありがとう! いただきます!」
「……鈴木さん、どうしたの?」
「何が? 手洗いうがいしてくるね! 双子は居る? 紅茶淹れるから。チーズケーキ、ありがとう。早く食べたいなー」
「鈴木さん、こっち来て」
青葉くんの言葉でハッとした私は、洗面台の方へと向かう。けど、すぐに手を掴まれてしまった。
青葉くんは、私の手を引きながら自室のある方へと歩いていく。
……気づかれたかな。怖いな。
その背中じゃ、彼が何を考えているのかがわからない。
スリッパが床を擦る音が、今日はやけに大きく聞こえるわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます