時間が解決してくれること


「……で? お泊まりしたわけだ」

「うん。ちょっと上向いて」


 本番を1時間前に控えた俺は、控室で五月にメイクをしてもらっていた。

 今日はバラエティだから、光の反射がすごくてな。テカリ防止で、少し暗めのファンデーションを塗ってもらってんだ。目元をブラシのほっそい毛がサフサフするもんだから、会話してないと吹き出しそうになる。


 こいつ、昨日も梓の家に泊まったらしい。泊まりすぎじゃね?

 まあ、梓とは寝てないな。どうせ、透さん辺りと布団並べて寝たんだろ。


「はああ、羨ましい」

「……奏と好きな子被るの初めてだね」

「あー、うん。そうだな」

「いつも好み分かれてたもんね」

「……お前には勝てねえ」

「はい、顔動かさない」


 なんだ、気づかれてんのか。もしかして、だから余裕なかったとか?

 

 五月の顔を覗こうとしたけど、すぐに天井を向かされてしまった。畜生、これじゃあ見えねえじゃんか。早く終わらせてくれ。


「鈴木さんが、奏が良いって言ったら譲ってあげる」

「……んなこと言うかっての」

「言うかもしれないじゃん」

「思ってないクセして口にすんな。ムカつく」

「怒んなって。今日、鈴木さんからお前の分の夜食も預かってるから」

「じゃあ、許す」


 多分、梓の中ではオレと五月はセットなんだろう? 扱い的にそんな感じがするよ。

 五月はそれが嫌なんだよな。オレは嬉しいけど。

 はー、わかりやすいやつ。オレがイラつかないのは、そこに要因がある。


「初カノできて対応が良くわかってないお前が可愛い」

「バッ!? んなこと……!」

「あ! 今ぜってぇファンデズレた」

「お前のせいだ!」


 オレが茶化すと、すぐに反応を見せる五月はやっぱり可愛い。

 こういう人間味のある役、オレにも回ってこねぇかなあ。不安になりながらも、その人のことしか考えらんないような感じの。

 今なら、完璧に演じられる……というか、心から演じられると思う。


「そんなお前に、朗報だよ」

「何」


 五月は、ヨレたファンデをパウダーで修正しつつ、オレの言葉に耳を傾ける。


 廊下、騒がしくなってきたな。司会者が到着したか?


「美香さん、海外の事務所から引き抜き来てるって」

「へー、すごいね」

「だから、メイクとヘアメイク担当を海外向けに変えるんだと。今の事務所の社長がノリノリだって。お前に指名来ることなくなるから良かったな」

「……マジ?」

「マジ。だから、現場が被らなきゃ会う頻度減ると思う」

「……はああ」


 さっき高久さんから聞いた話題を伝えると、五月の腕に入ってた力が一気に抜けた。……今度は、パウダーズレたとかやめろよ?


 今のこいつにとって、1番怖いのは暴走気味の美香さんが梓を攻撃することだろ。それの可能性が少しでも減ったんだから、安心するよな。

 それに、五月は美香さんにちゃんと「関係を止めたい」と言って謝っている。だから、あとはあっちの気持ちの問題なんだ。これ以上、五月が何かしないといけないことはないし、したところで以前のように攻撃されるだけ。


「あれからは、何もされてねぇんだろ?」

「うん……。奏は?」

「オレもされてねぇ。廊下ですれ違ったけど、あっちは気づいてなかったし」

「そっか。……そっちに集中して、少し俺のことについてクールダウンしてくれるといいな」

「だな」


 あとは、時間が解決してくれると良いんだが。


 オレ的には、美香さんにはカウンセリング通って欲しいけどな。以前のようなサバサバした彼女に戻って欲しい。けど、面と向かって言うような間柄じゃねぇしなあ。変な噂がたっても嫌だ。


「ほい、できたよ。どう?」

「完璧。自撮りして梓に送ろう」

「は!?」

「夜食のお礼」

「……勝手にどうぞ」


 彼氏の許可がおりたので、そうさせてもらいます。

 返信、なんて来るかな? オレの予想は、オレのこと褒めた後に「青葉くんのメイクすごい」、かな。当たってたら、明日の朝食こいつに奢ってもらおう。


「なあ、五月」


 オレの予想は、結構当たるんだぜ?




***



「梓ちゃーん」

「なによー」


 リビングで宿題をしていると、ニコニコ顔のパパが寄ってきた。

この顔は、頼み事をしたい時の顔だわ。嫌な予感がする。


「今日の夜、五月くん居ないんだろう?」

「居ないわよ、仕事だから」

「じゃあ、部屋ちょっと汚くして良い?」

「いいけど……。明日粗大ゴミだから?」

「そう。使わなくなった棚を捨てる予約したのさっき思い出して。急いでやるから、ちょっと外出ててもらって良いかい」

「はあい。じゃあ、夕飯の買い物行ってくるー」

「助かる。あの棚で、捨てたくないものある?」

「特に。私の物はその隣に入ってるし」

「はいよ」


 良かった、変な頼み事じゃなくて。


 勉強道具を片付けた私は、そのまま冷蔵庫へと移動する。食材何買おうかな。大根とにんじんと玉ねぎがあるから、奮発してぶり大根でも作る? お味噌汁と肉じゃがでも良いな。

 冷蔵庫の中身をチェックしていると、早速ガシャンガシャン聞こえるわ。ありゃあ、結構時間がかかりそうね。

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