素直になれない


「……疲れた」

「私も……」


 昼休みになってすぐ、俺は鈴木さんと屋上に逃げた。もちろん、普通科の屋上ではなくて、芸術棟に近い方へ。ここなら、あまり人は来ない。


 俺はある程度覚悟してたけど、まさか鈴木さんまで男子に囲まれるとは。やっぱり、切らない方が良かったかもしれない。

 いや、でも似合ってる。あの時は蛍光灯の光で見ただけだったけど、こうやって太陽の下で見るとさらに可愛さが増し増しだ。


「おいで、鈴木さん」

「……うん」


 俺がベンチに座り両手を広げると、鈴木さんがゆっくりと足の間に座ってきた。きっと、前から見たら顔が真っ赤なんだろうな。見たいけど、ここからじゃ見えない。

 鈴木さんは、全身に力を入れて少しでも体重を軽くしようと必死になっている。膝の上に置かれたお弁当箱が、その震えで落ちそうだ。


「こういうことされて、嫌じゃない?」

「……人が居たら嫌」

「わかったよ。学校では、しないようにするね」

「チューは?」

「していいの?」


 自分から言ったのに、鈴木さんは下を向いてしまった。恥ずかしさで死にそうになってるんだろうな。やっぱり、顔が見たい。 


 それに、そんなこと言われたらするしかないよね。


「鈴木さん、こっち向いて」

「やだ」

「お願い」

「…………っ!」


 鈴木さんが振り向いたと同時に、その口を塞いだ。舌を入れたら止まりそうにないから、軽めに留めておこう。 


 少しは期待してたみたい。鈴木さんは、俺の腕の中で身体の力を抜いてきた。こういうところも可愛い。


「人目があるところではしないから、安心してね」

「……うん」

「それとも、鈴木さんは見られて感じる変態さん?」

「ち、違う!」

「あはは、可愛い」

「……青葉くんが人気になっちゃったから、不安だっただけ」


 どうやら、不安になると体温を求めたくなるらしい。片手はずっと、俺が着ているセーターの裾を握っている。


 今までは、相手が何を求めているのかわかれば、それを素直に実行していた。けど、鈴木さんにはそれをしたくない。

 むしろ、してほしいことをせずに拗ねた顔をずっと見ていたいとまで思う。困った顔も、怒った顔も見てみたい。


 多分、鈴木さんと喧嘩しても「可愛いな」って思ってまともにぶつかれないかも。それは良くないな。


「今日、タピオカのバイトだから、終わったら一緒にご飯食べよう」

「うん! 17時終わり?」

「そう。待っててくれる?」

「買い物してみんなで待ってる」

「ありがとう。お昼、食べようか」

「うん!」


 ちゃんとご飯食べたの確認して、透さんに報告しないと。

 また倒れちゃったら大変だ。


 俺は、鈴木さんを隣に座らせて一緒にお弁当を開ける。今日は、俺も奏も鈴木さんが作ったお弁当を持ってきているんだ。俺のだけ、ハートに切ったハムが入っていたのが嬉しくて、何回も確認しちゃった。


「いただきます」

「いただきます」


 結局、屋上に人は来なかった。おかげで、ゆっくりご飯を食べられたよ。



***


 昼休みになっても、教室内では朝から話題が変わっていない。


「梓、すごいねえ」

「ね! びっくりしちゃった」

「でも、良かったよね」

「両想いだったってことでしょう?」


 今日は、詩織もマリも由利ちゃんも居る。私が梓に謝ったことを言ったら、なんか自然と元に戻ってきた感じ。

 やっぱり、ギクシャクしてたから詩織も由利ちゃんも居づらかったんだって。申し訳ないな。


 でも、マリはいまだに口を尖らせながら話に入ってこない。……とはいえ、話は聞いてるみたい。机に突っ伏しながらも、「梓」の単語にピクピク反応してるんだ。

 本当は、梓と話したいくせに。


「にしても、青葉くんってあのタピオカ屋さんの店員さんに似てない? 兄弟居た?」

「あー……」

「あ! なんか知ってるでしょう、吐け!」


 由利ちゃんは、鋭い。私は、その問いに表情を崩してしまった。

 これは、言っても良いのかな。良いよね。


「あれ、青葉だよ」

「え!?」

「嘘!?」

「……え?」

「ちょっとメイクしてるからわかりにくかったのかも」


 さすがのマリも起き出した。

 私が話すと、みんな同じような顔してこっち向いてるの。ちょっとだけ面白い。


「メイクしてるのはわかってたけど……あれが、ジミーくんだったの?」

「本当。本人に確認したし」

「ってことは、ふみかちゃんも青葉くんの正体知ってたの?」

「最近ね。ソラ先輩経由で」

「えー! 教えてよ!」

「そうだよ! ずるい!」

「ごめんて。今日、タピオカ奢るから」

「じゃあ、許す!」

「私も」

「私も」


 マリは単純で可愛い。

 普通なら、ここで「知らなかった」って言って拗ねるんだけど。タピオカ一つで許すって可愛いよね。このノリで、梓のことも許せば良いのに。


「そっかあ。梓と同じ人好きだったんだ……」

「マリ、なんか言った?」

「ううん、なんでもなーい。トッピング考えてただけ」

「トッピングは1つまで!」

「氷抜きは1つに含まれますか!」

「含まれまーす」


 放課後、楽しみだな。

 青葉居たら、茶化してやろう。

 

 


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