シャッター音


「おめでとう、梓」

「理花……。あの、えっと」

「いいの。もう、吹っ切れてるから。素直に受け取ってよ」

「……ありがとう」


 体育館ばきを忘れた私は、生徒会室まで借りに行った。当然、理花と会うのは避けられない。

 応援すると言っておきながら自分が付き合ってしまった罪悪感に、私は言葉を濁す。


 でも、理花は何も感じていないかのように、校章と同じマークの付いたスリッパを渡してくれるの。それを受け取ると、


「よそ見しちゃダメだからね」


 と、笑いながら言ってきた。

 意味のわからない私は、その言葉に首を傾げる。


「青葉くんを不安にさせたら、私が横から奪いに行くから」

「……うん」

「おめでとう、梓」


 私が頷くと、理花は再度お祝いの言葉を言ってくれる。


 不安なのは、私も同じ。

 なんて、理花に言っても仕方ない。だから、今は素直に頷くだけにしよう。


「スリッパ、返却もここ?」

「うん。入り口に専用のボックス置いとくから、そこによろしく」

「わかった」

「今度、話聞かせてね」

「え?」

「ソラくんにケーキ奢らせて、女子トークしよ」

「……うん。ありがとう」


 理花なりに、気を遣ってくれてるんだよね。

 私は、「ごめんね」の言葉を飲み込んで、そのまま体育館へと向かう。


 これが終われば、夏休みだ。



***



 やっと、長ったらしい集会が終わった。


「青葉くん! 夏休み!」

「ちょっ!? 走らない!」

「え? わっ!?」


 言わんこっちゃない!


 こっちに向かって走ってきた鈴木さんは、教室へ帰る途中の廊下で盛大にこけそうになる。もちろん、その前に俺が抱きかかえたから転んでないけど。

 スリッパ履いてるんだから、走ったら転ぶって。


 俺に抱かれた鈴木さんは、顔を真っ赤にしながら腕にしがみついている。無論、周囲の男子からの視線が凄まじい。

 もうね、なんというか殺意に近い。覚悟してたけど、本当に鈴木さんは男子に人気だ。初の試みでやったナチュラルメイクも、好評らしい。


「大丈夫?」

「う、うん。ありがとう……」

「怪我ないならいいよ」


 とりあえず、後ろで写メってる男子を睨んでおこう。……よしよし、スマホをしまった。これ以上、鈴木さんの写メは撮らせないぞ。どこぞの18禁先輩みたく、おかずにされたらたまったもんじゃないから。


「青葉くん、怒った? ごめんね」

「怒ってないよ。転ばないように手を繋ぐ?」

「……いい」

「あはは。真っ赤」


 さっき、人目があるところではこういうことしないって言ったもんね。わかってるよ。

 でも、今日は特別視線とかカメラとかすごいから、俺の隣に居てね。嫉妬で狂いそう。



***



「……」


 やっぱり、青葉くんはすごいな。

 気づいてないみたいだけど、女子からの熱烈すぎる視線を集めすぎてる。見渡す限りの女子が、青葉くんを見てるって感じで。


 全校集会を終えて教室に帰る途中なんだけど、私が数えられる範囲で30回はシャッター音が鳴ってる。それ以上は、数えてもね。

 ……やだな。みんな待ち受けにするのかな。それとも、他校の知り合いに回したり? これ以上、青葉くんが有名になっちゃうの嫌だな。


 なんて。

 私って、こんな心が狭い人だったの? 余裕って知ってる?

 青葉くんは、私を選んだのよ。だから、私が不安になることないのよ。そう思うも、不安なものは仕方ない。

 瞬きをした隙に、誰かに取られちゃう気がして仕方ないの。それくらい、今日の青葉くんは視線を集めすぎている。


「青葉くん」

「なに?」

「……なんでもない」


 手を繋ぎたいけど、さっき人がいるところではこういうことをしないと言った手前、提案するわけにはいかないな。それに、こんなみんなが見てるところで手を繋ぐとか、私すっごく性格悪い人みたいじゃない。「この人取らないで」的な。

 そうなりたいわけじゃない。


「後で、ぎゅーしようね」

「……うん」


 悶々と考えながら歩いていると、青葉くんが小さな声でつぶやいてきた。

 どうやら、彼にはお見通しらしい。私の考えていることくらい、筒抜けって感じ。さすが、青葉くんだな。


「おーい、青葉ー」

「眞田くん、どうしたの?」


 後ろから来た眞田くん、東雲くんと合流して、私たちは教室へと戻っていく。私もふみかたちと帰れば良かったかな。……でも、マリが居るから行かない方がいいか。


 教室に着くまでも、女子の視線がなくなることはない。無論、シャッター音もね。


 この音、トラウマになりそうだわ。



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