新しい自分に
「青葉くん、今から髪切るの?」
風呂前。
髪を切ろうと思い洗面台を借りて前髪に櫛を入れていると、後ろから鈴木さんがやってきた。彼女は、少しだけ不安そうな顔を鏡に映してそう聞いてくる。
「切らない方が良い?」
「……」
「鈴木さん?」
俺は、櫛を置いて鈴木さんと向き合う。すると、気まずそうに下を向かれてしまった。
両手を掴みながら顔を覗くと、泣きそうな表情が見える。俺は、すぐにその身体を抱きしめた。
「……不安なの」
「不安?」
「青葉くんが顔出すと、その……。他の人に取られちゃう気がして」
「取られちゃうの?」
「青葉くん、格好良いから。私より可愛い子いっぱいいるし、その……」
どうして、鈴木さんは自分に自信がないんだろう。
可愛いし勉強できるし、家事もできるし。毎週のように男子から告白されてるのにも関わらず、内心はいつも「嫌われないか」の心配ばかりしている。もっと自信持って良いのに。
それに、俺が好きなのは可愛い子じゃなくて可愛い鈴木さんなんだけど。
鈴木さんは、俺の胸に顔を埋めて少しだけ震えていた。
本当に不安なんだ。気持ちが手に取るようにわかる。
「奏の方が格好良いんじゃないの?」
「……青葉くんのが格好良いもん。除霊できなくても良いもん」
「除霊は、まあ……。うん」
「笑わないでよぉ」
除霊は、できなくて良いらしい。
未だに引きずっているとか、思わず笑ってしまった。ごめんね。
正直、顔以外は奏の方が優れていると思う。あいつ、なんでもできるし。
それでも、鈴木さんが俺を選んでくれたのがめちゃくちゃ嬉しい。だから、俺は彼女の気持ちに全力応えたいんだ。
「ごめんごめん。俺は、鈴木さんに救われたんだよ。他の人にじゃない」
「……」
「前髪切るの、あの時以来なんだ。その勇気を鈴木さんがくれたんだ」
「私が……」
「うん。俺だって、視界が狭まるのは好きじゃないし、いつも目を見て鈴木さんと会話したい。俺、結構鈴木さんのこと好きだからね。他の女子を見てる余裕なんてないよ」
「……本当?」
「本当。むしろ、鈴木さんのことどこかに閉じ込めて、他の男子の視界に入らないようにして独占したいまであるから」
「それは怖い」
「あはは、しないよ。鈴木さんが嫌がることはしない」
本当はしたいけど。
それをしたら、俺の好きな鈴木さんが居なくなっちゃうからしないだけ。結構自己中。
「それに、ちゃんと身なりを整えて鈴木さんの隣に居たいんだ」
「別に良いのに」
「これは、俺のワガママ。ダメかな」
「……いいよ。でも条件ある」
「何?」
ちょっと怒ってるような声を出しながら、鈴木さんは俺の身体を力一杯抱きしめてくる。
本当は嫌なんだろうな。それは充分に伝わった。でも牧原先輩が言うように、俺も鈴木さんに見合う身なりになりたいんだ。
そこは譲れない。俺のせいで、周囲に馬鹿にされる鈴木さんは見たくない。
「私も切る」
「え?」
「後ろはマリとお揃いだから、前髪だけ切る。中学の時みたいに、眉上まで。青葉くんに切ってもらう」
「え? えっと……」
「切って!」
「あ、はい」
鈴木さんは、頬を膨らませながら声を張り上げてくる。勢いに負けた俺は、そのまま持参していたカット用ハサミを手に取った。
すると、鈴木さんが少しだけ離れて目を閉じてきた。ここで切れということらしい。
「え、本当に切って良いの?」
「切って!」
「……眉上?」
「そう!」
「切るよ」
観念した俺は、鈴木さんの少しだけ長めの前髪を櫛で真っ直ぐに伸ばし、すぐにハサミを入れた。
シャキシャキと軽快な音を立てながら、ハサミが髪の毛を切っていく。無論、そのまま足元に髪の毛が落ちるけど、後で掃除すれば良いだけの話。マットの上じゃないから、簡単だ。
「切ったよ」
「……ありがとう」
「鏡見て、シャギー入れるかどうか判断して」
「これで良い。ありがとう」
「良かった。可愛いよ」
「……青葉くんも切る」
「わかったよ」
前髪が短い鈴木さんも可愛かった。
ちょっと幼さが全面に出ちゃってるけど、本人はこれで良いらしい。いつものギャルメイクとは少し合わないかも。明日、できるだけいつも通りになるようメイクも手を入れてあげよう。
そんなことを考えながら、髪の毛が入らないよう洗面台の栓をして、自分の前髪にもハサミを入れた。
不思議と、怖さはない。先に鈴木さんの髪を切ったからだと思う。
「……できた」
「うん! 新しい青葉くんも好き」
「良かった。俺も、新しい鈴木さん好きだよ」
鏡を見ると、前髪の短い自分と目が合った。いつもはピンで止めないと顔が出ないのに。変な感じ。
ピアスが目立たないようアシメ切りしてみたけど、うまくいったようだ。
奏、びっくりするだろうな。
「みんなに見せに行く!」
「待って、掃除してから」
「あ、そうか。手伝う」
俺たちは、箒とちりとりで自分たちの髪の毛を拾っていく。
横を向くと、前髪の短い彼女がいた。
本当に鈴木さんの彼氏になったんだと、改めて実感する。
そんな夜だった。
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