夏休み前日
心が軽い
「嘘でしょ?」
「本当です」
「……梓ちゃん、嘘だよね?」
「ホントです」
「はああ」
「クソデカいため息やめてもらっていいですか」
点滴を終えメイクを直した私は、神田さんにお礼を言って青葉くんの家を後にした。
眞田くんは、弟とゲームする約束してるって言って先に帰っちゃったの。お詫びとして、後でクッキー焼いて持っていこう。
それに、パパと奏くんがドラマの話で意気投合しちゃってね。このままDVD借りようって言って2人でレンタルショップ行っちゃった。今日は、鑑賞会ね。
残った青葉くんと私は、家の近くのコンビニに居たふみかと牧原先輩と合流したの。ずっと待っててくれたみたい。ライン来てたの気づかなかったから、申し訳ないわ。
ふみかと話すの気まずいなって思ってたら、先に青葉くんが「彼女できました」って先輩に報告しちゃったんだ。で、さっきの流れ。
「僕の梓ちゃんが……」
「残念でした」
「でも、ワンチャン」
「人の彼女取らないでもらって良いですか」
「梓ちゃん、まだ間に合うから僕と」
「鈴木さんは俺のだ!」
「……えっと」
なんで、この人たちはこう喧嘩が耐えないの?
もうちょっと仲良くして欲しいんだけど、どうにもならないのかな。
でも、青葉くんの「俺のだ」発言は尋常じゃなく嬉しい。
「よかったね、梓」
「……うん」
先輩との間に入った青葉くんの背中を見ていると、隣にいたふみかが話しかけてきた。今は、ちゃんと目を合わせて話してくれる。とはいえ、気まずいのには変わらない。
私は、視線をそらしてしまう。
「……ごめんね、梓」
すると、一歩寄ってきたふみかが謝ってきた。
「家までついて行っちゃったのと、その……。避けちゃったの」
「……」
「これ。妹と弟と一緒に食べてよ」
差し出された手には、コンビニのマークがプリントされた袋が。私の好きなお菓子がうっすらと見える。
「ありがとう。こっちこそ、ごめんね」
「ううん。勝手に避けてたの私たちだから」
「でも、隠してたの私だから」
「誰にだって、秘密はあるよ。私が、それを忘れてただけ」
「ふみか……」
そう言って、ふみかは私の手を握ってきた。とても温かい。仲直りのサインかな。
私も、その手を握り返す。
「梓、冷たい。まだ体調良くない?」
「今は大丈夫だよ」
「無理しないでね」
「ありがとう。お菓子、家で食べるね」
袋を受け取った私は、ふみかの顔を見た。
するとそこには、いつもの彼女がいる。
昨日、あれだけ落ち込んでたのにもう元気だ。私って、結構単純かも。
「うん。明日、学校来てね」
「行くよ」
「マリには、私から言っておくから」
「ありがとう」
そう言って繋いだ手をブンブン振って遊んでいると、青葉くんと先輩が私たちの方を見て微笑んでいた。見られていたことに気づかなかった私は、ちょっとだけ顔を熱くする。
先輩なんて、頭を撫でてくるの。子ども扱いされてるのかな。
「梓ちゃん。五月くんと付き合うこと、公表するの?」
「え?」
「友達とか、クラスメイトに。付き合ってますって」
「あ、えっと。別に公表とかじゃなくて、聞かれたら答えるって感じが良いかなって。青葉くんが良ければ」
「俺もそうしたい。こそこそしてたら、鈴木さんはこれからも告白されるだろうし。それを見るのは嫌」
「うわ、心狭っ」
「余裕ないくらい、好きなんですよ」
「はいはい、ごちそうさま」
青葉くん、顔が真っ赤。
暑いせいもあるのかな。なんだかんだ言って、先輩と仲良いよね。
「じゃあ、五月くんはこれから身なりも気にしないとね」
「あー。はい」
「どういうこと?」
青葉くんは、私の空いている方の手を握りながら先輩の話に返事をしている。身なりって、青葉くんこれ以上格好良くなってどうするの? 目の行き場がなくなっちゃう。
「前髪切るよ。ちゃんと、学校でも鈴木さんの顔見て話したいし」
「え、でも……」
「ピアス見えない程度にだけど。セーターは、刺青見えちゃうからこのまま着ていて良いかな」
「う、うん。前髪、切るの?」
「ダメ?」
「……青葉くんが女の子に人気になっちゃう」
「俺は、鈴木さんしか見えてないから大丈夫だよ」
「あー、はいはい。惚気はあっちでやって」
下を向いていると、ふみかが笑いながら青葉くんの方に私を押してくる。急だったから、そのまま青葉くんの胸に飛び込む形になっちゃった。
恥ずかしくなって、すぐに離れたけど。
……青葉くん、なんで前髪切るんだろう?
別に良いんだけど。青葉くんの自由なんだけど。可愛い子に告白されちゃったらどうしよう。私、勝てないよ。
「まあ、前髪切るだけで明るい印象になるからいいんじゃない? 梓ちゃんを笑い者にさせないでよ」
「わかってます」
それからしばらく、期末テストや夏休み何をするかなどの話をして過ごした。
帰る時、私ちゃんと言えたよ。「夕飯の支度があるから帰る」って。そしたら、ふみかが「美味しいの作ってね」って応援してくれたの。
やっぱり、隠し事は良くないね。
今、すごく心が軽い。
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