脳内パニック



 強い口調で問うと、鈴木さんは俺の腕の中で下を向いてしまった。


「今、奏たち呼んだから。透さんも来てるって」

「ごめんなさい。みんなに迷惑かけちゃって、その」

「迷惑なんて思ってないよ。ただ、次からは教えてね」

「……はい」

「俺は、何があっても鈴木さんを見捨てることはないから」

「本当?」

「本当だよ。本当、本当に……」


 ヤバい、マジで涙腺崩壊してる。


 俺は、動いて喋ってる鈴木さんを見て頬に涙を伝わせてしまった。

 それを見た鈴木さんが、慌ててスカートの裾でその涙を拭ってくれる。すると、フワッと彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。


「心配してくれてありがとう」

「元はといえば、原因作った俺が悪いから」

「違う。私が黙ってたから」

「鈴木さんは悪くないよ」

「青葉くんは悪くないもん」

「俺が」

「私が」

「……お前ら、何してんの?」


 お互い罪のなすり付け合い……の、逆をしていると、奏たちがやってきた。

 勢いでキッと睨むも、奏だけじゃなくて眞田くんや神田さん、そして、透さんもいるじゃんか。俺は、自分がどこにいるのかを思い出して顔を熱くする。

 そして、ゆっくりと鈴木さんから離れて、透さんに「敵意」がないことを伝えた。


「……鈴木さんが、自分が悪いって謝るから」

「だって、青葉くんが自分が悪いって言って」

「本当のことでしょう」

「違うもん!」

「元気になったようですね」

「……」

「……」


 奏に向かって言い訳をしていると、神田さんが高笑いしながら部屋の中に入ってくる。

 この人は、鈴木さんが倒れたのを見ても微動だにしなかった。平常心で診察して、「低糖症状ですね」とだけ。


 芸能界では……特にモデルは、栄養失調に陥りやすいらしくブドウ糖と低張電解質輸液をよく使うとか。

 確かに、俺も何度かそんな現場を見たことがあったな。まさか、鈴木さんがそれに救われるとは思っていなかったけど。


「……脈も正常範囲内です。ブドウ糖は、そのままにしましょう。私はリビングにいますから、なくなったら教えてください」

「はい。ご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした」

「医者はそういう仕事ですから」

「娘がお世話になりました」


 血圧と脈を測り終えると、鈴木さんが眉を下げながら神田さんに向かって謝罪の言葉を口にした。その隣では、透さんが深々と頭を下げている。


「お父様、娘さんはどこの病院に?」

「成宮の大学病院です」

「お、金沢先生かな」

「はい」

「なら安心だ。私の同期でね、しっかり診てくれる人です」

「とても良い先生で」

「一応、今回のことで受診しても」


 神田さんは、透さんと一緒にリビングへと行ってしまった。

 俺も立ち上がってお茶の用意とかしようとしたけど、「君は梓ちゃんの側にいて」って。お言葉に甘えて、そうさせてもらおう。


 ベッドの端に座り直すと、奏と眞田くんが近寄ってきた。

 眞田くん、安心したみたい。ちょっと泣きそうな顔してる。


「大丈夫か?」

「顔色、まだ少し悪いな」

「……奏くん、迷惑かけてごめんなさい。眞田くんも」

「俺は別に。プリント届けにきただけだから」

「これから五月にはちゃんと言えよ」

「うん……。あのね、言い訳になるんだけど、その……。青葉くんに言ったら、もう一緒に激しい運動とかしてくれなくなっちゃうかなって思って、言えなかったの。本当にごめんなさい」

「……」

「……」

「……は?」


 まだ震えてるから寒いかなって思って、鈴木さんの方に毛布を手繰り寄せているととんでもない発言が飛んできた。

 心当たりのない俺は、奏と眞田くんの「やることやってんじゃん」的な表情に首を振り続ける。


 いや、マジで心当たりないです。なんなら、俺も驚いてます。


「青葉、お前……」

「待って! ちがっ、ヤッてない!! え、シてないよね鈴木さん!?」

「え、お仕事ない日は、放課後一緒にしてたでしょ?」

「マジかよ。付き合う前から?」

「うん。最近はパパがいるからしてないけど。……私、あの時間結構好きだったから」

「……五月、ここまできたら白状しろ」

「青葉、怒んねえから」

「いやマジで心当たりなくて……えぇ、嘘でしょ? てか、眞田くん既に怒ってる」

「青葉くん、もしかして好きじゃなかった……?」


 いや、好きか嫌いかで聞かれたらそりゃあ、好きな子となら大好きですけど。大歓迎ですけど。

 でも違うんだよ。マジで心当たりがない。


「五月、最低ー」

「照れ隠しとかは良いから言っちまえって……」

「いや、本当に何もなくて……ええ。俺、自分の記憶に自信なくなってきた」


 俺は、しゅんとした鈴木さんの表情よりも、奏と眞田くんの態度が気になって何も言えない。

 俺、そんな最低な人間だった……? 俺の理性どこ?


 なんて頭の中でグルグル考えていると、鈴木さんが第二の爆弾を投げつけてくる。


「無理矢理付き合わせてごめんね。今度は1人でいくから、嫌いにならないでね」

「え、あ……う、う」


 俺は不覚にも、その様子を想像してしまい言葉を失う。

 

 全身が熱い。目が回りそうだ。

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