無責任じゃない


「よう、青葉。おめでとう……は、今は違うな」

「来てくれてありがとう」


 青葉の目は、真っ赤になっていた。きっと、ずっと泣いていたんだろう。

 力なく泣いている姿が、俺の目に痛々しく映っている。


「鈴木、どうだ?」

「体温が戻ってきたよ。さっき、やっと。やっと……」

「そうか。お疲れさん」


 涙声の青葉を残し、俺は先に鈴木の顔を見に行った。泣き顔って、人に見られたくないもんな。


 ここは、青葉の寝室だろう。見慣れたノートや筆記用具がサイドテーブルに置かれてるし。

 そして、青いベッドに鈴木は眠っていた。片方だけ出された腕からは、管が出ている。


「……ごめん。ありがとう」

「おう。プリント、リビングに置いてきちまった」

「後でちょうだい。来てもらって申し訳ないんだけど、今はここを離れたくなくて」

「わかってる。それに、鈴木が起きた時誰も居ないのは寂しいだろ」

「……ありがとう」


 幸いなことに、苦しそうな様子はない。フカフカな枕に頭を乗せて、気持ちよさそうに眠っていた。

 不謹慎だが、ちょっと可愛いまであるな。いつもと雰囲気が違う気がするんだが、眠ってるからか?


 なんて顔を覗いていると、隣に青葉がやってきた。

 本当、奏も言ってたがテコでも動きそうにないわ。こいつ、もしかして鈴木が起きてもずっと隣いる! とか言い出さねぇよな?


「俺、奏とリビング居て良いか? 鈴木が起きたの確認してから帰る」

「わかった。さっき作ったアップルパイ食べて」

「マジ? 嬉しい! 奏と食うわ」

「うん。神田さんにも切ってあげて」

「おう。起きたら教えてくれよ」


 とりあえず、ここは2人にしてやろう。

 俺は、鈴木の顔が見れただけでラッキーだった。


 青葉に鈴木。……うん、お似合いだ。ちょっと互いに危ういところがあるけど、それを双方で補おうとしてる感じが。悔しさが吹き飛ぶくらい、お似合いだよ。


 俺は、頷く青葉に手を振りながら寝室を出た。



***



「……先輩?」


 眞田くんがリビングに戻ったと同時に、俺のスマホが振動した。牧原先輩からラインが来ている。

 開くと、鈴木さんの家に向かっていること、ラインの既読がつかないことが書かれていた。どうやら、眞田くんが届けてくれたプリントを鈴木さんへ渡しに行くらしい。……でも、なんで牧原先輩が?


 ラインでは説明しにくいから、電話しちゃおう。その声で、鈴木さんが起きたら良いなと思いつつ。


「もしもし」

『やあ。ライン読んだ?』

「はい、読みました。鈴木さんの家、今は誰も居ないですよ」

『おっと。君の家に居るってこと?』

「……はい。ちょっと、倒れちゃって。今、家で点滴して寝てます」

『家で点滴!? ……あー、ふみかちゃん待ってて』

「川久保さんも居るんですか?」

『そうだよ。2人で来てるんだ。それより、点滴するほどの体調なら病院に連れてった方が』


 川久保さんがプリントを届けに行くところに、牧原先輩が乗っかってきたってところかな。


 この人、本当鈴木さんのこと好きだよね。……性的な意味でしか好きじゃなければ、秒でぶん殴るんだけどそうじゃないみたいだし。

 鈴木さんの好きなお菓子の味を作る人だから、俺も無下にできない。まあ、悪い人ではないのは確か。


「奏の事務所で雇ってる医者が来てるんで、大丈夫です。血糖値が下がって倒れたみたいで。今はブドウ糖入れて起きるのを待ってるだ……」

『五月くん、どうしたの?』


 ベッドに背中を預けて座りながら電話をしていると、後ろから物音がした。


 振り返ると、起き上がった鈴木さんが目を擦りながらこっちを見ていた。まさか、本当に起きると思っていなかった俺は、その行動に固まってしまう。


「青葉くん? 私……」

「……起きた」

「もしかして、倒れた?」

「……うん。ちょっと待ってて」

「あ、ごめんなさい。電話してたのね」

「先輩、5分後にかけ直します。とりあえず、プリントはポストに入れてあげてください」

『わかったよ。待ってる』


 鈴木さんは、よく状況がわかっていないらしい。

 起きたら「なぜ体調を我慢してたのか」怒ろうと思ったんだけど、それよりも嬉しさが勝ってしまった。俺は、そのままスマホを床に放り投げてベッドへ上がり、鈴木さんを抱きしめる。


 温かい。動いてる。

 良かった。良かった。


「……ごめんなさい、電話」

「大丈夫。それより、体調は?」

「これ、ブドウ糖? 青葉くんがしてくれたの?」

「ううん。奏の事務所で契約してる医者が処置してくれたよ。リビングに居るから、呼んでくるね」

「……迷惑かけちゃってごめんなさい。奏くんも」

「それより、こういう大切なことは言って。それで態度変えるほど、俺は無責任な男じゃないから」

「……」

「それとも、俺はそういう男だと思われてたの?」

「……」


 あ、鈴木さんが泣きそう。

 口調がきつかったかも。


 俺は、慌てて再度抱きしめてから、放り投げたスマホを足で手繰り寄せて奏にラインをする。

 その間、鈴木さんは下を向いて俺と顔を合わせてくれなかった。


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