離れたくない
「っス。鈴木は?」
「よお、和哉。落ち着いて眠ってるよ」
「心配はないってことで良いか?」
「ああ。事務所で抱えてる主治医が見てくれたから、もう大丈夫」
「……はあ」
俺は、奏が見ているとわかっているのに、青葉の家の玄関にへたり込んで泣きそうになった。
だって、鈴木が倒れたって受話器越しに聞こえてくるわ、聞いたこともないような青葉の鋭い声と奏の怒鳴り声が響いてるわで。
急いで行こうと思ったが、救急車とか入れば完全邪魔じゃん? 落ち着こうと思ってコンビニ寄ってきたけど、会計中なんて店員の言葉が聞こえなかった。
落ち着いたから来て良いよって連絡もらえた時は、鈴木と同じクラスになった時より嬉しかったわ。
「大丈夫か?」
「おう。悪ぃ……」
ヘタってしまった俺を、奏が立ち上がらせてくれる。しかも、持っていたコンビニの袋も持ってくれるとか、優しすぎるぜ。
「目の前で冷や汗かいて震えながら倒れんだもん。オレも青葉も、ビビったわ」
「青葉は、どこに?」
「寝室。梓の隣にずっと居るよ。ありゃあ、テコでも動かねえ」
「……そっか」
奏の苦笑いした顔に、やっと俺は安堵した。笑ってるってことは、本当に大丈夫なんだ。良かった。良かった……。
俺は、そのまま青葉の家に上がった。
やべ、涙出てきそう。奏が見てないうちに、ワイシャツで拭いて……。うん、見られてない。
「鈴木、やっぱ体調悪かったのか?」
「丸1日何も食べてなかったから、低糖で倒れたっぽい」
「あー。そういやあ、そんな会話してたな」
別に、盗み聞きしてたわけじゃないぞ! 聞こえてきただけだ。
以前、篠田たちがそんなことを話していたのを「偶然」聞いただけ。
なんて、脳内で言い訳していると、知らない人がリビングにいることに気づく。その人は、持っていたティーカップをゆっくりと机に置きこちらを見てきた。
「えっと、……こんにちは」
「こんにちは」
「さっき話した主治医な。神田さん、点滴終わるまで居るから」
「点滴?」
「ブドウ糖入れてんの。しばらくしたら、起きるらしい」
「……そうか」
神田と呼ばれた主治医は、俺に向かってバカ丁寧に頭を下げてくる。びっくりして、俺も急いで頭を下げた。
てか、家で普通に点滴できるってすごいな。どうなってんだ? やっぱ、芸能人とかって普通に病院行けない時もあるからとか?
……うーん、聞ける雰囲気ではない。まあ、きっと「大人の事情」ってやつなんだろう。今回は、それに助けられたってことだ。俺は、鈴木が無事ならなんでも良い。
「お顔を見てきても良いですよ」
「え?」
「行ってこいよ。そこの扉出て、突き当たりの部屋に居るから」
「……おう」
とりあえず、鈴木の顔見て安心しよう。
……注射の針って見えねえよな。俺、アレ苦手なんだ。皮膚に針がぶっ刺さってるって、普通じゃねえ。……うう、見るのも怖い。
けど、鈴木が戦ってんだ。俺が怖がってどうする!
空いているソファに荷物を置いた俺は、奏に指さされた方向へと歩いていく。
***
「……温かい」
鈴木さんは、腕に点滴の針を刺して眠っている。
先ほどまで冷たかった手に触れると、温かい。それだけで、涙腺が崩壊したかのように目からボロボロと涙が溢れてくる。
倒れた時は、正直もう目を覚まさないんじゃないのかって思った。それほど鈴木さんは、冷や汗をかき手足を痙攣させ冷たくなった身体で意識を失っていたから。
さっき、透さんに連絡入れたら「やっぱりダメだったか」って言ってた。それが心配だったから、学校に行かせたくなかったんだって。
それに、鈴木さんから低糖の話を俺にしないよう釘刺されてたらしく。何度も謝罪されて、こっちが恐縮しちゃったよ。
今、こっちに向かってきてくれてるんだ。そろそろ着く頃だと思う。
「……鈴木さん、そういうのは言ってくれないとわからないよ」
きっと、聞けば心配かけてしまうと思ったんだろうな。……最悪、離れてしまうとも。
そんなことで距離を置くほど、表面上で「好き」と伝えたわけじゃないのに。
俺は、鈴木さんの手を握りながら、先ほど2人で話した内容を思い出す。
彼女には、将来の話もした。
俺は、高校を卒業したら海外へ行って、父さんのところで本格的にメイクの勉強をする。
セフレ作っても放置していたのは、そこだ。どうせ、それまでの辛抱だって思ってたから。まさか、好きな人ができるなんて考えてもいなかったんだ。
その話をしても、鈴木さんは「青葉くんの夢は応援したい」と言ってくれたのに。彼女の倒れた姿を見て、俺が離れられなくなった。……なんて、言ったら怒るだろうな。
「……鈴木さん」
好きだ。
離れたくない。ずっと一緒に居たい。
依存だって、なんだって良い。隣に居て欲しい。
俺って、こんな束縛する奴なんだ。自分でもびっくりしてる。
「青葉、来たぞ」
「眞田くん?」
鈴木さんの手に力を入れていると、ノックの音と共に眞田くんの声が聞こえてきた。
俺は、繋いだ手を離しドアへと向かう。
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