優しい誘導尋問


「ふみかちゃん、一緒しても良い?」


 私が昇降口で靴を履いていると、前からソラ先輩がやってきた。

 ゆっくりと顔を合わせると、そこにはいつものソラ先輩がいる。……話しかけてくれたんだ。怒らせちゃったと思ったのに。


 それが嬉しい私は、急いで靴を履いて先輩へと近づく。


「良いですけど、梓の家行くだけですよ」

「知ってる。さっき、教室に居たマリちゃんに聞いたから」

「そうですか……」


 どうやら、先輩はマリと仲良くなったらしい。まあ、あれだけ教室通ってたらそうか。

 とりあえず、梓にラインしとこ。先輩も一緒だって。


「梓ちゃん、風邪大丈夫かな」

「……風邪じゃないと思いますよ」

「ふーん。マリちゃんは心配してたよ」

「え?」

「心配、してたよ?」


 スマホで文字を打ちながら歩き出すと、それに合わせてソラ先輩も隣を歩いてくれる。


 ……そっか、マリもなんだかんだ言って心配してたんだ。そうだよね、友達だもんね。

 だったら私も、梓と友達で居たいな。ソラ先輩と梓、仲良いし。


「わ、私だって心配してて……」

「じゃあ、ラインにそう書けば?」

「……」

「君は、友達が言ったから心配するの?」


 ラインのメッセージを見られたんだ。そりゃあ、そうだ。隣で打っていれば、「見るな」と言う方が難しい。

 後ろめたくなってしまった私は、胸にスマホを引き寄せて画面を隠す。


「……わ、私だって、嫌われたくないもん」

「だからって、仮にも友達を標的にするの? それって、いじめだよ」

「仮にもって! 私と梓は友達で」

「僕から見れば、友達じゃない。寄ってたかって、毎日頑張ってる梓ちゃんを傷つけて。何が楽しいの?」

「……別に、そんなつもりじゃ」

「まあ、僕は部外者だから、君に「謝れ」なんて言えないし、これ以上説教じみたことも言わない。でも、これだけは覚えておいて」


 そう言ったソラ先輩は、私の片腕を掴んで立ち止まる。

 ちょうど、正門をくぐり抜けようとしたところだった。後ろを歩いていた生徒が、どんどん私たちを追い抜いていく。


「梓ちゃんは、働いてるご両親のために、毎日双子の面倒を見て掃除洗濯、買い物に夕飯作り、食後の片付けだって1人でこなしてる。それでいて、成績だって優秀だ。君、同じことやれって言われてできる?」

「……でき、ない」


 梓って、そんな苦労人なの?

 毎日そんな大変なことやってるのに、宿題忘れたことなんて1回しか知らない。毎日メイクして、髪整えるのだって相当時間かかるでしょう。

 本当だったら、それって……。


「可哀想、なんて思わないでね。梓ちゃんにとってはそれが普通で、家族に頼られるのが嬉しいんだから」


 可哀想だって思ってしまった。


 だって、自分の時間がないんでしょう? 放課後早く帰って、家事やってるとか。友達とショッピングしてカフェして、たまに映画見てってできないんでしょう?

 そんな生活嫌だ。私なら、耐えられない。きっと、自分の不幸を嘆いてしまう。


 でも、梓は頼られると嬉しい顔をする。

 それは、知ってるよ。だって、友達だもん。……友達だもん。


「うっ……梓……梓ぁ。ごめんなさい……」

「……それは、本人に言うべきことでしょう」

「……会ったら言います」

「僕は、謝れなんて言ってないからね。謝るなら、ちゃんと君の意思で言葉にしなよ」

「う、う、……はい」


 私が頷くと、ソラ先輩は腕を離してくれた。そして、泣いている私に向かってタオルハンカチを差し出してくれる。

 やっぱり、先輩は優しい。こんな私なんかにも。


 そうだよね。

 梓は、私を輪に入れてくれた人。なんで、忘れてたんだろう。


 現国のプリント、届けるって手をあげて良かった。

 今は、早く梓に会いたい。会って、ごめんねって。何か私に手伝えることを聞いて……いや、それは違うな。それよりも、梓の好きな甘いものを買って行こう。そっちの方が、絶対に喜ぶ。


「先輩、コンビニ寄っても良いですか」

「いいよ。行こうか」


 私たちは、炎天下の中早足で近くのコンビニへと向かう。


 最近の中で、今が一番心が軽い。

 やっぱり、ソラ先輩はすごいな。



***



「……?」


 私のアップルパイはどこに行ったんだろう。

 って!? 違う違う。私って、本当に食い意地すごいな!?


 そうじゃなくて、ここはどこなんだろう。


 さっきまでアップルパイを食べ……いえ、奏くんと話していた気がする。青葉くんと付き合うってなって、おめでとうって言われて。それから、来週に迫ったエキストラのお話を聞いて……。


「……っあ、……」


 ダメ。声が出ない。


 やっぱり、全部夢だった?

 まだ、自分の部屋のベッドで眠っているところだった?


 そうよね。私なんかが、青葉くんと付き合えるはずないじゃないの。もらったぬいぐるみで……いつも一緒に寝ているぬいぐるみで我慢しなきゃ。


 でも、なんか今日はいつもより青葉くんの匂いがする。

 落ち着く。このまま、ずっと眠っていた。

 まるで、青葉くんに抱かれてるみたいで。とても落ち着くわ。


 もう少しだけ、夢を見ていよう。

 


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