俺が君の拠り所に


 次の日。

 俺は、予定通り鈴木さんの家に電話をかけた。

 透さんが出たんだけど、沈んだ声で「来てくれ」って。すぐに向かったよ。


「おはよう、五月くん」

「おはようございます。鈴木さんは?」

「一昨日の夜から、何も食べないんだ。何があったのか知ってるかい?」

「大体は。部屋ですか」

「いや、学校に行くって言って」

「……鈴木さん」


 玄関で話していると、制服姿の鈴木さんがやってきた。

 声をかけようとするも、その姿に何を言ったら良いのかわからなくなる。


「青葉くん……?」


 鈴木さんは、1日でげっそり痩せた。クマが酷く、目が虚ろになっているからそう見えるのかもしれない。髪の毛は梳かしてるけど、いつものメイクじゃないのも気になった。


「……学校、行くの?」

「行くよ、あと2日だし。双子も行ってるし」

「梓ちゃん、今日は休んでも」

「これ以上は休めないわ」

「いや、あの」

「大丈夫よ」

「鈴木さん!」


 無理して笑う姿に耐えられなくなった俺は、靴を脱いで鈴木さんの方へと歩み寄った。

 制服の裾を掴む両手を包むと、血液が通っているのか不安になるほど冷たい。それに、近くで見ると顔色も真っ青だ。


 でも、俺に捕まったのに鈴木さんは逃げようとしない。そんな体力がないのか、それとも……。

 俺は、後者に賭けた。


「今日一緒に学校休もうか」

「……え?」

「俺と遊ぼう。カフェとかショッピングとか」

「ダメよ、学校が「行ってきなさい。僕が学校に連絡するから」」


 怒られると思ったのに、透さんは意外にも賛同してきた。玄関の扉を閉めながら、今まで見たどんな表情よりも優しい顔をしている。

 透さんも、こんな鈴木さんを学校に行かせたくなかったんだろうな。


 俺は、透さんが電話しに行ったのを見て、鈴木さんの冷たい手に再度力を込める。


「もし、嫌だったら言ってね。鈴木さんの嫌がることはしたくないから」

「……」

「鈴木さんがよければ、今日はずっと一緒に居るよ。で、明日は一緒に学校行こうね」

「……でも」

「ご飯、作ろうか? その顔色だと、糖分足りてないでしょう。鈴木さん用で、血糖測定も買ってきたんだ。ケーキも作るから」

「でも、私なんか……」


 片方だけ手を離した俺は、そのまま背負っているリュックを指差した。でも、鈴木さんは眉ひとつ動かさず暗い表情のまま。


 そんな顔に胸を痛めていると、あるものが視界に入ってくる。


「……鈴木さん」


 今離した手が、俺のセーターの裾を握っていたんだ。

 やっぱり、鈴木さんは俺のことを拒絶したいわけじゃない。


「鈴木さん、聞いて欲しいことがあるんだ」


 朝、ここに来た時点では言うつもりはなかった。

 こんなぐちゃぐちゃした感情の中、さらに混乱させるのは良くないこと。そう思ってた。


 けど、今は1秒でも早く鈴木さんが安心して寄りかかれる場所を作りたい。友達に拒絶され、俺に不安を抱く彼女は、それを無意識に探している。


 だから、手を掴んでも逃げなかったんだ。

 だから、セーターを握ってきたんだ。


 だったら、それに応えなきゃ。今度は俺が、彼女を支える番だ。



「俺、鈴木さんが好きです。友達としてじゃなくて、異性として……好き、です」



 多少震えた唇で告白の言葉を絞り出すと、下を向いていた鈴木さんがゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、先程まではなかった光が映し出されている。


「美香さんとは付き合ってないよ」

「……でも、本人が」

「確かにセフレだったけど、付き合ってない。そもそも、付き合ってたら鈴木さんの家にこんな頻繁に遊びに来れないし」

「……」

「ここ最近、仕事以外の時間ほとんど一緒に居たのは、鈴木さんも知っての通りだよ。他の人と付き合ってる時間、俺にはなかったでしょう?」

「……本当に付き合ってない?」

「うん。ただ、俺がセフレ作って遊んでた過去が消えないのも、それが鈴木さんを傷つけてることもわかってるから。付き合うとかそういうのは望まないし、好きだから俺から離れることはないってことを伝「付き合いたくないの?」」

「え?」


 いつの間にかそらしてた視線を戻すと、鈴木さんがこちらを向きながら泣きそうになっている。

 やっぱり、こんな俺に好かれるのは負担だったのかな。だとしたら、申し訳ないな。


 そう思いながら手を離そうとすると、今度は鈴木さんが握り返してきた。


「青葉くんは、私と付き合いたくないの?」

「えっと、……その「梓ちゃーん、お休みの連絡入れ、て……いてっ!」」


 どうしたいのか話そうとした時、透さんがリビングから出てきた。そのタイミングがまた絶妙で。


 それを見た鈴木さんの表情に、変化が表れる。


「バカッ! パパのバカ!!!」

「ええ……な、なんだい?」

「……はは」


 良かった。

 鈴木さん、いつも通り透さんに向かって足蹴してる。……ん、良かったのか?


 体温を取り戻した彼女は、父親に怒りながらも俺の手を握り返してくれる。これは、隣に居ても良いってことかな。

 こんな俺で良ければ、もっともっと頼って良いからね。


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