その思いの行先は


『体調大丈夫か?』


 俺は、自室でスマホを握って考え事をしていた。


 そもそも、鈴木に振られた俺が体調心配するのってどうなんだ? いやいや、その後じゃん。ライン交換したの。


「……送るか、送んねえか」


 あーあ。

 青葉ン時みたいに、弟が後ろから飛びついてうっかり送信ボタン押さねえかなあ。


 なんて考えるけど、今日に限って来ない。


「……ってことは、送んない方がいいってことか」


 篠田たちと喧嘩したらしい。

 珍しいなあと思って聞き耳立ててたんだけど、内緒にしてたことがバレたとかなんとか。あの時、中庭で話した内容がバレたってことだよな。

 でも、それって鈴木は悪くないような。だって、家族のために頑張ってんだぜ?


 鈴木、味方いんのか?

 俺で良いなら、喜んで参戦したい。いや、女子の喧嘩に俺が入ってどうすんだよ。バカか、お前は。


「……はあ、青葉に託す!」


 スポーツ科の先輩と話してたし。俺が入るこたあない。


 なんて思いながら、俺はドアの方を向く。

 ……うん、弟は来そうにないな。



***



 キッチンで洗い物をしていると、お姉ちゃんが話しかけてきた。


「ねえ、そこ代わるから買い物お願いしていい?」

「……いいけど」

「何よ、昨日から変な態度で」

「別に。お姉ちゃんは関係ない」

「関係ないなら、ちゃんとしなさい!」


 あーあ、うるさいなあ。


 私は、洗い物を止めて手をタオルで拭く。すると、目の前に買い物メモを出された。

 内容を見ると、ニンジン、小麦粉、オリーブオイル。これは、スーパー行かないとないな。


「はあい。行ってくるー」

「ありがとう。これ、お金」

「待って。着替えてから受け取る」

「はあ? スーパー行くだけでしょう。ジャージで結構」

「ヤダ! 外行くなら、おしゃれしたいもん」


 梓と私は違うもん。

 私は、スーパー行くのだっておしゃれする。絶対ね。


「これから毎日スーパー行くのに、おしゃれすんの? 時間もったいない」

「いいのー。私の自由」


 それを聞いたお姉ちゃんは、小言を言わなくなった。苦笑しながら、「早く行きなさい」って手で追い払われる。

 それを横目に、私は自分の部屋に戻った。


「……」


 梓、お父さんお母さんが仕事で遅いんだよね。

 ってことは、買い物から夕飯作るのも自分でやってるってこと? ううん、そんなにできるわけない。宿題だっていつも完璧にやってきてるんだもん。時間ないでしょう。


『時間もったいない』


 その時、なぜかお姉ちゃんの吐いた小言が頭をよぎる。


「今は買い物だ!」


 そうだよ、今は買い物!

 あんなダサい格好した梓は関係ない。私とのお揃いの髪型だって、本当は嫌だったんでしょう? ファッションだってコスメだって、本当はどうでも良かったんでしょう? もう絶対しゃべらないんだから。



***



 家に帰ると、千影さんに頼んであったものが届いていた。机の上に置いてあったってことは、千影さんここに来たんだな。2日連続で珍しい。


 俺は、小さな段ボールを開けながらソファに座った。


「……使えるのかな」


 中から出てきたのは、血糖値測定器。


 これ、採血して専用シートに血液を乗せて機械を作動させると、その時の血糖値がわかるやつなんだって。

 採血が痛そうだったけど、実際どうなんだろ。


 俺は、アルコール綿を用意し、血液が機械にかからないようにしながら針を刺した。鈴木さんにあげるかもしれないから。


「いった……」


 痛みとともに、プックリと丸い形で血が出てくる。地味に痛い。てか、後からジンジン来る。

 じわっとした痛みに耐えながら、俺は機械にセットしておいたシートに血液を乗せた。すると、すぐ機械に数値が表示される。


「……72」


 でも、その数値が高いのか低いのかわからない。


 血を拭き取りつつ、スマホで血糖値の見方や痛みの少ない採血方法を確認する。


 72は、正常値らしい。食後120を超えると糖尿病の疑いだって。60以下が、低糖か。鈴木さんは、低糖だけ心配してれば良いんだよね。


「あー、指の腹じゃなくて側面か」


 そのページには、痛みの少ない採血方法も書かれていた。

 俺は指の腹のど真ん中に刺しちゃったけど、普通は指の腹の側面で採るらしい。そっちの方が痛くないって書いてある。色々勉強になるな。


 明日、鈴木さんの家に行こう。

 1日休んだから、ちょっと心配だ。朝、電話して行って良いか確認してからにしよう。これ以上嫌われたくないし。


「……まずは、誤解を解く」


 んでもって、鈴木さんに大丈夫って伝えよう。何があっても味方でいるって。


 そう決意した俺は、血糖値測定器をアルコールで拭いてカバンの中に入れた。


 明日は、鈴木さんの顔見れるかな。泣いてたら、ケーキ作ろう。あと、練習したカルメ焼きとべっこう飴も。

 ご飯、きっと食べられてないだろうな。それも作ろう。


 あと、抱きしめたいな。

 抱きしめて、「大丈夫」って。……いや、それは止めておこう。怖がってしまいそうだ。


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