あと何回見れば



「五月〜、帰ろうぜ!」


 変装したオレが五月の教室へ行くと、本人がボーッと突っ立ってスマホを見てるじゃんか。他のクラスメイトに動きがあるからか、その周りだけ時間が止まったような感じだ。オレの声、聞こえなかったか?

 和哉は反応してくれてるわ。ほら、手を振ったら振り返してくれた。五月、どうしたんだ?


「五月! 早く行かないと」

「……あ、奏」

「なんだよ、難しい顔して! 梓と一緒じゃねぇのが寂しいってか? オレで我慢しろ」

「寂しいけど……。それどころじゃない」

「は?」


 先生が居ないことを確認して教室へ入ると、やっと反応を返してくれた。けど、自席から動こうとはしない。

 よく見ると、手が震えてる。顔色も、みるみるうちに土へ変わっていく。マジで、どうした? 過呼吸くるか?


 倒れる前に、オレは五月の背中を腕で支える。すると、和哉も寄ってきた。


「どうした? ……って、青葉!? お前、顔色」

「……んが来た」

「は? わりぃ、聞こえなかった」

「青葉?」


 てか、こいつスマホ見てないわ。焦点が合ってない目で、どこも見ていない。

 しかも、誰にも聞かせる気がないような小さな声で話してくるし。


 とりあえず、緊急事態なことだけは理解した。

 オレは、震える手に持たれているスマホ画面を覗き込んだ。すると、そこには……。


「はあ!? 嘘だろ……」

「どうした、奏? 俺も見ていい?」

「あ、いや。うん。……え、五月どうすんの? 帰れねぇじゃん」

「……? ミカって誰だ?」

「……えっと」


 スマホは、ラインのメッセージ画面が映っていた。しかも、梓との画面だ。

 そして、そこには「正門にミカさん居るよ。青葉くんのこと待ってるんだって。教室にいると思うって伝えておいたよ」のメッセージが。さらに、続けて「青葉くんって、ミカさんと知り合いだったんだね。私、好きなモデルさんなの」と送られてきていた。


 まさか、本当にここまで来ると思ってなかったオレは、そのメッセージを見て急いでベランダに出た。

 和哉の質問に答えている暇はねぇ。


「……居る」

「……? あ、モデルのミカだ」

「和哉、知ってんの?」

「ああ。弟の彼女が好きとかで、雑誌買ってこさせられたから」

「へえ、そっか」

「なんだ、知り合いだったのか。今度サインでも「いや、その、なんと言ったらいいか」」


 ここのベランダから顔を出せば、正門が見えるはず。そう思って身体を出すと、居たんだ。あいつが。

 表情までは見えないが、なにやらサインでも書いてるらしい。ちょっとした行列ができている。

 梓が居ないのが救いだ。もう帰ったのか?


 オレが覗いていると、隣から和哉もやってきた。……いや、五月も。


「……あの人、俺の遊び相手」

「は!? ちょ、マ?」

「うん……。少なくとも、俺はセフレだと思ってる」

「……ってことは、相手は本気?」

「みたい。こう言う関係やめたいって言ったけど聞いてくれなかったんだ」

「あー……。裏口から帰るか?」


 和哉には、少し話してたってことだよな。五月の話聞いて驚いてねぇし。それに、腕を広げてこいつが倒れた時用にスタンバッてるし。

 てか、和哉が緊張で倒れそうだ。こいつ、なんだかんだで五月のこと大事にしてるよな。


「いや、正門から帰るよ。確かめたいことがあるから」

「……大丈夫か? お前、倒れそうだぞ」


 あの時のトラウマで美香さんに会いたくなくて、震えてたのかと思ったけどそうじゃないらしい。

 五月は、美香さんの居る方に視線を向けながら未だに難しそうな顔をしている。


「大丈夫。それより、鈴木さんが俺と良く一緒に居るのがバレたらヤバいなって。どこまで話した……のかわかん、ない、から」

「あー……。そっちか」

「どういうことだ?」

「五月、あのこと言って良い?」

「……っ、ご、ごめ」

「あーもう! 無理すんなって!」


 うん。やっぱ、トラウマになってるわ。

 五月は、その時のことを思い出したのかその場に倒れ込んで手で口を押さえ出す。ベランダだからか、その声はよく響いた。でも、教室にいる奴らには聞こえてないっぽいな。


「深呼吸しろ。ほら、ゆっくり」

「っ、っ……ふっ、はっ」

「青葉、落ち着け。俺ら居るから」

「はっ……はっ、っ」

「そうそう、上手いぞ。……和哉、そこじゃなくてこっち支えてやってくれ」

「おう」


 オレが指示を出すと、和哉も真剣な顔になった聞いてくれる。


 五月が声を押し殺す度、涙がベランダのコンクリートに落ちていった。

 これ、早く治してやりてぇなあ。こんなんじゃ、こいつは何もできないじゃんか。


「梓は近くに居なかったから。安心しろよ」

「っ……っ、…………」

「鈴木が危ないってこと?」


 オレの言葉に少し落ち着いたらしい。五月は、涙で濡れた顔を上げた。

 オレは、こんな親友の顔を後何度見なきゃいけないんだろうか。正直、この瞬間が1番辛い。


「……あ、っ、す、ずきさ」

「まだ喋んな。舌噛むぞ」

「……」


 怒ると、それに従ってスマホ画面に何かを打ち始めた。


 オレと和哉は、それを見るため五月を見守る。


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