行かなきゃ良かった
「瑞稀、要!」
「姉ちゃん!」
私が迎えに行くと、すぐに双子が顔を出した。
ミカさんと少し話してたから、ギリギリになっちゃった。
にしても、美人だったな。顔ちっちゃくて、身体も女性らしくて。すごく良い匂いもした。
青葉くんと知り合いだって聞いた時は、びっくりしたけど。……もしかして、青葉くんの彼女だったりするのかな。遊び相手って言うの?
ほら、芸能人だからそういうの公にできないでしょ。お忍びで来たとか。
「……お姉ちゃん? どうしたの」
「へ!?」
「大丈夫?」
「あ、うん! それより、荷物持っておいで。帰ろう」
「うん! 今日のご飯は?」
「今日は、鶏肉が安いから白菜とのクリーム煮! あと、サラダと卵スープね」
「コーン入れる?」
「安かったら入れようか」
「わーい! 絶対安い!」
双子は、そのまま部屋の中へと消えていった。帰り支度してないのかな。いつもはすぐ出てくるのに、まだ出てこない。
早く来て欲しいな。余計なこと考えそうで、怖い。
「……」
そもそも、青葉くんがチャラいのはわかってるじゃないの。いろんな女性と遊んでるんだし。
芸能界に居るんだから、それが普通なのかもしれない。私がモヤモヤすることじゃない。でも……。
もし。もしだよ。
青葉くんとミカさんがその……ベッドでそういうことする仲だったらショックだな。私、あんな綺麗な人に勝てる自信ない。
いや、青葉くんとそういうことしたいって訳じゃなくて。その、なんていうか、最近距離が近づいたかなって嬉しかった自分が馬鹿みたいに思えてきて。あんな素敵な人が居るんだから、私なんて視界の隅にも入れないって。
勘違い、最近多いなあ。
「……私も遊び相手だったら、ちょっと嫌かもしれない」
あー! ダメ。暴走したらまた熱出す。
こんな時は、甘いもの食べて家事に専念! 家に帰ったら、気合い入れてスーパー行こう。久しぶりに、ママのジャージ借りてこ。
「お待たせ、お姉ちゃん!」
「……姉ちゃん、どうした? ガッツポーズなんてして」
「へ!?」
「あ、やっぱり今日お兄ちゃん来るとか!?」
「こ、来ないわよ。仕事だって言ってたし。それより、靴履きなさい」
「なあんだ」
「今日は3人かあ」
「ほら、靴履いて! タイムセールに遅れる!」
目玉商品の鶏肉だけは、取り逃せない!
頭を振って気持ちを切り替えた私は、靴を履いた双子の背中を押しつつ家に帰る。
***
「あ!」
「出てきた、隠れよう」
私たち2人は、梓の家の前に居た。
由利ちゃん? 家までついていくのは申し訳ないって言って、ここに来る前に帰っちゃった。だから、私とふみかちゃんだけ。
今まで、学童で双子ちゃんのお迎えしてたんだ。だから、梓は早く帰ってたんだね。なんで隠してたんだろう?
私は、ふみかちゃんと一緒に電柱の影に隠れて梓が出てくるのを待つ。さっき、どこか出かけるって会話聞いちゃったんだ。「すぐ出かけるから、急いでね」って。
「うっそ……」
「あれが、梓?」
梓たちは、本当に言葉通り「すぐ」出てきた。
でも、家から出てきた梓は、梓じゃなかった。私が知ってる彼女じゃない。
「こら、要! 靴は踵を踏まない!」
「えー、いいじゃんか。みんなこうやって履いてんだよ」
「みんなって誰よ!」
「こうくんと、カズマと、シュウ」
「みんなじゃないでしょ! その履き方、格好悪いよ」
「ええ! そうなの!? やだ!」
薄化粧に適当な髪型、古着のようなジャージにこれまた履き古したサンダル。カバンだって、ダサいエコバッグ持って。
梓は、そんな格好をしながら要くんを叱っている。
「……帰る」
「え、マリ!? ちょっと」
「……」
こんなの、梓じゃない。
私は、ここまで来たことを後悔した。
梓、あれを隠したかったんだ。でも、隠すくらいならあんなダサい格好しなきゃ良いのに。メイクだって、似合ってない。
私と同じって喜んでた髪型じゃないし、全部が嫌だ。
帰り道、ふみかとは「また明日」「うん」の会話しか出来なかった。
私は、家に着いて部屋に入ってしばらくの間、自分が帰宅したことに気づけないくらいショックを受けていたみたい。
事情があるなら言ってくれれば良いのに。
言ってくれたら、こうやって後つけてあんな梓見なくて済んだのに。
明日、会うの気まずいや。
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