日常に落ちてくる暗い影



『今日、奏とコスメ見に行くけど予定ある?』

『ごめん。パパがお仕事だから双子の迎えとご飯作らないと』

『わかった。急ぎで揃えないといけない色があるから、行っちゃうね。何か欲しいものは?』

『特に。パレットの新色だけ見たいかも!』

『じゃあ、撮れたら撮ってくるね』

『ありがとう!』


 あ、また可愛いスタンプ買ったな。前はウサギブームきてたらしいけど、今度はハムスターだ。


 青葉くん、今日の夜仕事なんだって。そこで使うコスメかな?

 本当は、色々欲しいものがある。けど、青葉くんにお願いすると「プレゼント」って言ってお金取ってくれないんだもん。稼いでるから良いとは言われるけど、それとこれとは別問題でしょ?


 グループ学習が進む中、私と青葉くんが向かい合いながらラインをしていると後ろにいたマリが覗いてくる。


「どうしたの?」

「へ!? あ、いや、なんでもない」

「なんだよ、篠田。集中しろって」

「ごめんごめん〜」

「わからないところあるなら、手伝うよ」

「本当!? 全部わかんない!」

「あはは。青葉くん、ちょっと抜けて良い?」

「良いよ。てか、ほとんど鈴木さんがやってくれたから仕上げはやっとく」

「ありがとう。……マリと眞田くんは、どこの地域やるの?」


 今日の課題は、世界地図の作成と、選択した地域の特産物とか行事の書き込み。それが完成したら、みんなの前で発表なの。

 私、地図書くの大好き! 何も見ないで日本地図書けるようになったのは、小学1年生の時。何回もひかるの宿題で書いてあげたのを思い出すわ。もちろん、先生にバレてお説教くらったけど。


「イタリア!」

「いいね」

「イタリアにはフランスパンはないの?」

「あるかもしれないけど、名物ではないわね。ほら、日本にもフランスパンはあるけど、名物ではないでしょう?」

「そっかあ。じゃあ、チーズ!」

「さっきから、篠田ってば食いもんしか出てこねえんだよ。もっと芸術関係の方に広げたいんだが」

「だってえ。お腹空いたんだもん」

「さっきお昼食ったばっかだろ」

「ふふ。じゃあ、音楽とか美術関係で進めてみたら?」


 この2人、結構良いコンビかも。

 眞田くんって、結構面倒見良いんだな。なんだか、マリが妹に見えるわ。


「そうだよ、そういうのがやりてぇ」

「良いね、クラシック!」

「そうそう。イタリアだと、パガニーニとかヴィヴァルディ?」

「カプリース!」

「よく覚えてるわね」

「お姉ちゃんが音大生だから。他にも何かあったような……」

「じゃあ、私調べるから2人で書き込んでって」

「わかった!」

「鈴木、サンキュ」


 こっちはオーストラリアにしてコアラの生態について調べたし、別ジャンルだから色々調べ直さないとね。

 マリと眞田くんが色ペンで装飾を始めた中、私はスマホで情報を探してノートにメモ書きしていく。


 ふみかたちは……。もう終わってる! やっぱり、効率良いわねえ。



***

 


 現場がポシャったのは、運命だったと思う。

 昼からの予定が無くなった私は、電車を乗り継いでマシロ高校まで足を運んだ。


「……来ちゃった」


 五月くんと同じ制服をネットで画像検索して見つけたんだ。本当は来るつもりなかったんだけど、ここまできたら勢いだよね。


 連絡は取ってない。

 すれ違いになったらどうしよう。


「あれ、モデルのミカさんじゃない?」

「え、あのティーン雑誌の専モ?」

「本当だ。なんでここにいるんだろ?」

「彼氏?」

「まさか」


 正門前で待っていると、女子高生が私の方をチラチラ見てきた。

 こういうふうに、誰かの目に止まるって嬉しいな。なんて思っていたら、


「あ」

「ご、ごめんなさい!」


 走ってきた子とぶつかってしまった。かろうじて私は耐えたけど、相手の子は転んでしまう。


「大丈夫!?」

「す、すみません。……え、ミカさん!?」

「あ、はい」


 わあ、すごいギャルっ子だ。ピアスしてないのが疑問なくらいの。


 その子も、私のこと知ってるみたい。

 すごくキラキラした目で私のことを見てくれている。嬉しいけど、真っ直ぐすぎて視線をそらしたくなるな。


「あの、ファンです! えっと……その」

「ふふ、ありがとう。怪我してない?」

「大丈夫です。……覗いてたみたいですが、誰か待ってるんですか?」

「ええ。青葉五月くんって知ってる?」

「……クラスメイトです」

「そうなの! まだ教室に居た?」

「はい。そろそろ来ると思います……。私は急いでるので、これで」


 やっぱり、来てよかったな。ファンの子とお話できたし、五月くんとすれ違いになってなかったし。


「梓、足早いねえ」

「どこいくんだろう?」

「あ、ミカさんだ!」

「え、モデルの!?」

「こんにちは」

「こんにちは、サインください!」


 今度は、元気なファンね。

 いいわ、五月くんを待ってる間にサインくらいなら。


 私がノートにサインをすると、そのグループは走ってどこかに行ってしまった。

 けど、その騒ぎで他の生徒さんにもサインしなきゃいけなくなったわ。これはこれで、嬉しいね。


 五月くん、まだかな。

 

 

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