彼女が彼女である理由


「梓ー、来たぞ」

「……橋下くん?」

 

 おー、居た居た。

 泣いてたな、すげー顔。急いで隠しても、ちょっと遅かったかも。


 教室へ入ると、梓はすぐに笑顔で迎えてくれた。みんな帰ったのか、他のやつは居ない。

 自席だろうか、ぽつんと座ってスマホをいじっている彼女が何だか小さく見える。


「五月待ち?」

「うん……」

「ここ、座って良い?」

「うん。あ、そっか。お仕事、お休みだもんね」

「そうなんだよ。だから、こうやって学生生活ってやつを満喫してる!」

「ふふ。橋下くんは、前向きね」


 無理して笑いやがって。

 こういうところ、五月とそっくりだな。あいつも、過呼吸起こす前にこんな顔をする。「大丈夫、大丈夫」と言って。


 椅子をまたいで座ったオレは、そんな梓の顔を覗きながら会話を続ける。すると、


「頭痛とか大丈夫なの? 外傷だけ?」

「おう。中身はダメージゼロだぜ。むしろ、ちょっと頭良くなったかも」

「そんなことある?」


 と言って、今度は本当に笑ってきた。


 その笑い顔が、教室の窓から差し込んだ光と相まって、彼女自身を引き立たせている気がする。こんな映画のワンシーンがあったな。あれは、いつ撮影したやつだっけ。

 あの時のヒロイン役より、梓の方がずっとずっと引き込まれる。見てて飽きないところとか。

 欲を言えば、ギャルメイクじゃなくて五月の得意なナチュラルメイクで見てみたかったけど。


「……どうしたの?」

「ん?」

「なんか、ボーッとしてたから。体調悪いのかなって」

「いや? 梓が可愛くて」

「ふふ。橋下くんも、お世辞言うんだ」

「奏」

「え?」

「奏で良いよ。オレも、梓って呼んでんだし」

「……奏、くん」


 あーあ、真っ赤になっちゃって。

 こいつ、あれだな。異性を名前で呼ぶの、慣れてねえんだろ。ホント、ギャルギャルしい格好しときながら、中身は純粋な子供みたいな性格のやつ。


「五月も、名前で呼べよ。苗字なんて堅苦しいだろ」

「……今の距離感で良い。変に近寄っても、青葉くんが怯えちゃう」

「別に、梓なら大丈夫だって」

「ううん。……青葉くん、倒れたの聞いた?」

「聞いた聞いた。梓と和哉が助けてくれたんだって?」

「和哉?」

「あー、眞田和哉。お前のクラスメイトの」

「ああ。眞田くんと仲良いんだ」

「まあな。でも、倒れたのと何か関係あんのか?」


 そっか、オレと和哉が五月のマンションで遭遇した話は知らなかったのか。

 今度、みんなで遊びたいなあ。……梓の手料理も食いてえし。


 オレが問いかけると、今までこっちを見ていたのに下を向かれてしまった。そして、


「青葉くんね、泣いてたの。保健室で」


 と、今にでも泣きそうな表情になりながら言ってきた。


「どんな会話してたかはわかんないけど、私が入ると涙拭ってた。青葉くん、そこまで女の人を怖がってるのに、私から距離を縮めることはしないよ」

「なんで、梓が泣いてんだよ」

「……泣いてない」

「泣いてる」

「泣いてない!」

「はは。こんな会話、前もしたな」


 うん、やっぱ泣いてる。ズビズビだ。

 前回と違うところは、カバンから出したタオルハンカチで涙を拭ってるってことくらい。あとオレが、梓のこと抱きしめて泣き止ませてやれてないことか。


 本当なら、今すぐ抱きしめてやりたい。抱きしめて、不安を取ってやりたい。

 けど、きっと梓がそれをして欲しい相手はオレじゃねぇ。わかってるのに抱きしめるのは、ただただが辛いだけだ。


 だから、オレは笑う。

 梓の頭を撫でながら。


「……うぅ」

「泣いて、スッキリしろよ」

「泣がないぃ……」

「はいはい。泣いてない、泣いてない」


 涙声は、広い教室によく響く。

 必死に押し殺してるんだろうけど、その努力は無駄に終わっている。


 梓には申し訳ないんだけど、こいつはこういうところが可愛いと思う。オレの周りに居ない人種だから、スッゲー新鮮。ちょっと苛めたくなる。


「どうせ泣くなら、告って泣けばいいのに」

「青葉くんが苦しむのわかってるのに、出来ないよ。私が告白したせいで、青葉くんが傷ついてる顔も見たくない」

「でも、告れば五月の中に梓って存在が残るかもよ」

「そんなの、自己満よ。残んなくていい。それより、青葉くんが笑ってくれる機会を増やしたいから、私は告白しないって選択を取るの」

「……そっか」


 ああ、わかった。

 梓と他の女の違い。


 梓は、五月を第一に考えてる。過去に受けた傷を、必死になって治そうとしてるんだ。

 他の女は、自分たちの欲を満たすために五月を使っているだけ。過去の傷を利用して、あいつを追い詰めようとしてる。その違いは、大きい。


 高校、退学しなくてよかったな。こんな想ってくれるやつ、そうそういねぇぞ。五月。


「残念だなあ。五月にフラれたら、オレがもらってやんのに」

「いやよ、スキャンダルになる」

「まあな」

「それに、たとえ叶わなくても私は青葉くんが良い。ごめんね、奏くん」

「……はは。完敗」


 梓の目を見ながらそう言うも、笑って返される。


 ……結構、本気だったんだけどな。


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