嫌気がさすほど弱虫な自分


「俺、最近なんとなくだけど、鈴木さんのことわかってきたよ」

「……私のこと?」


 青葉くんが私を連れてきた所は、教室から1番近い特別教室だった。この隣の化学準備室で、青葉くんは発作を起こしたんだよね。

 さっきまで普通に接してたのに急に態度変えて、変に思われたってことかな。面倒臭いから友達やめようとかだったらどうしよう。ああ、なんであんなことしたんだろう。


 泣きそうになりながら自分の行いを振り返っていると、青葉くんが扉の内鍵をかけてくる。


「青葉くん……?」

「鈴木さん、あのさ」


 その行動に疑問を持つ時間は、なかった。

 無論、理由を聞く時間もなく、次のアクションが展開される。


「こうされるの、いや?」

「……え?」


 気づいたら、私は青葉くんの腕の中におさまっていた。

 窓の開いていない特別室の中、しかも、真夏にセーターを着ている人と抱き合えば暑いはず。なのに、私は暑さを忘れてその体温に唖然とする。

 いえ、むしろ、その温かさが心地よく胸の中を満たしていく感じだわ。さっきまで感じていた痛みは、全くない。


「鈴木さん、たまに考えが暴走するから。なんか良くないこと考えてるんだろうなって時、こうやってぎゅーってすれば落ち着くかなって」

「……ごめんなさい」


 ああ、やっぱり変な態度に気づかれてたんだ。


 青葉くんは、私だけの人じゃないのに。誰と居るのか決めるのは彼で、私はその選択肢の中の1人ってだけ。

 私と青葉くんは、ただのクラスメイト。友達の域を超えたらいけない関係でしょう。


 一緒にいる時間が長いと、その辺勘違いしそうになるわ。


「ん? 嫌ってこと?」

「あ、ち、違くて。その、……気持ち良いです」

「気持ち良いの?」

「……心地良いの間違いかもしれません」

「ふはっ!」

「笑わないでよぉ」


 顔を合わせるのが申し訳なくなった私は、そのまま青葉くんの胸に顔を埋めた。すると、嗅ぎ慣れた彼の匂いが漂ってくる。

 そうそう、この匂い。もらったぬいぐるみについてた、優しい匂い。ずっと嗅いでいたいな。


「かわいいなって笑っただけだよ。それより、汗臭くない?」

「え?」

「さっきから深呼吸してるから……」

「え!?」


 私ってば、遠慮って言葉知ってる!?

 言われるまで気づかないほど無意識にしていた、なんて重症すぎない?


 青葉くんの顔を急いで見ると、ソフトキャンディをあげた時のように真っ赤になっていた。それを見た私も、きっと真っ赤になってるに違いないわ。誰もいない部屋でよかった。


「ごめんなさい……」

「いいよ。不快じゃなければ、俺は嬉しい」

「青葉くんの匂い、落ち着く」

「良かった。いつも鈴木さんは抱きしめる側だもんね、たまには抱きしめられる側に来ても良いでしょ」

「……そうなの?」

「いつも、自分のことは二の次だよ。俺は、そんな鈴木さんだから、こうやってぎゅーしたいなって思うんだ。落ち着かせるためだけじゃないよ」


 私は、いつも誰かのために走り回っている。

 自覚はないけど、そうなんだって。マリにもお母さんにも言われるわ。青葉くんから見ても、そうなのかな。


 確かに、温かい。私のためにしてくれる行動だから、余計温かい。

 私も、こうやって誰かを温めてあげられてるのかな。だったら、嬉しいな。


「だからこういうこと、佐渡さんにはしないよ」

「……え?」

「鈴木さんにしかしないよ」

「……」

「わかってくれた?」


 青葉くんの言葉は、私の中にスッと入ってくる。


 いつもそうだ。

 可愛いも美味しいも頑張ってるも全部が全部、私の心を満たしてくれる。

 それは、青葉くんが本音で話してくれるから。


「……他の人にも同じこと言ってない?」

「言ってないよ」

「……嘘だ」


 そうわかってるのに、私の口からは素直な言葉が出ない。


「嘘じゃないよ。俺、こんなんだから不安にさせちゃうね。ごめんね」

「……うぅ、う」

「内鍵、かけて怖かったね。誰かに見られたくなかったんだ」

「らいじょうぶ……」


 よくわからない感情が込み上げてきた私は、そのまま青葉くんの胸の中でボロボロと涙をこぼす。それを、青葉くんはめんどくさがる様子もなく、頭を撫でながらギューッて抱きしめてくれた。


 温かい。

 温かい。

 それに、少しの罪悪感。


 理花に応援するって言っておきながら、こういうことしてる罪悪感。


「今から、佐渡さんに告白の返事してくるね」

「……うん」

「先に帰ってて良いって言ったけど、終わるの待っててくれると嬉しいな」

「待ってて良いの?」

「うん。奏が家にくるから長居できないかもだけど、今日も遊びに行って良いかな」

「みんな待ってるから来て欲しいな」

「ありがとう」


 互いの身体が離れると、青葉くんは私の頭を再度撫でてくれる。

 でも、やっぱり不安は消えない。


 私は、最後まで聞けなかった。

 その告白を、受けるのか断るのか。


 怖くて、聞けなかった。


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