親友の話でむしゃくしゃしてたところの話だったから


「はあ……」


 五月が去った造形室で、オレは彫刻刀を握りしめていた。

 次の時間は自習だし、まだここにいて大丈夫なんだ。


 この頭の傷は、言っちまえばオレの過失。


『五月くんの家教えてってば!』

『無理ですって。個人情報ですよ』

『教えてよ! 五月くんには、私が居ないとダメなの!』

『待て。お前、今なんて?』

『五月くんには、私が居ないとダメなのよ!』

『ハッ。なんでも言うこと聞く人形だと思って、五月に近づいてきたクソ女が』

『なんですって!』


 ……結構割愛したけどこんな具合で、あの女にドーンと。


 オレ、自分のためにしてることを他人のためって言って「良いこと」してる風なやつ大嫌いなんだよ。本当のこと言って、ブチギレるやつも。

 まあ100歩譲って、イラついて声荒げたオレも悪かった。当事者じゃねえのに、首突っ込み過ぎたし。


 ここまでするつもりなかったらしくすぐ謝ってきたし、これ以上事を大きくして五月に迷惑かけるのも嫌だったから、その場はおさめたよ。

 美香さん、サバサバした姐さん系だったのに。女って怖いな。


 五月には、正直に全部話した。

 だって、本当に尾行とかされてたら怖いし。梓と居るところに遭遇したら、地獄だろ? 

 何回か制服で現場行ってるから、高校特定されるのも時間の問題だろうし。


 五月は、真っ青になってオレの怪我に怒った後、「身バレなら大丈夫」ってすげー自信持って言ってたな。なんか策でもあんのか? 梓巻き込んだら、流石にオレも黙ってねえぞ。

 今日の夜、泊まりに呼ばれてるから聞いてみよ。とりあえず、


「……五月、捕まんなよ」


 その策がわからないオレは、そう願うしかない。



***



「キス、してよ。友達にできるなら、俺にもできるよね」

「…………え?」


 青葉くんは、前髪を耳にかけながら確かにそう言った。

 キスって、魚のことだったり? いやいや、んなわけ!


 それに、青葉くんったらなんだかお菓子お預けにされた要にそっくり。お弁当、あれだけじゃ足りなかったのかな?

 確か、ポケットの中にあれがあったはず。


「い、いいけど」

「俺、キスしたことないんだ。鈴木さんリードしてくれる?」

「え? 嘘……」

「嘘ついてどうするの」


 いきなり新情報来たよね!?


 青葉くんって、女の人と良く遊んでるんでしょう? え、キスしたことないの!?

 身体の関係は持ってるのに、キスしないって……。結構淡白なのかな。それとも、私の知識が間違ってるとか?

 いやいや、そんなの彼の自由だわ。私の考えることじゃない。


「じ、じゃあ、口開けて」

「開けるの?」

「うん」

「はい」

「……目、瞑って」

「ん……」


 別に瞑らなくてもいいんだけどさ。気恥ずかしくなったのよ。

 こう見ると、瞑ってる顔も花ね。咲き誇る一輪の薔薇って感じ。バックに咲き乱れてる気がするわ。

 本当、整った顔してるよね。いつまでも見てられる。


 私は、顔を堪能しながら制服のスカートのポケットを探った。

 ……あったわ、イチゴ味のソフトキャンディ。青葉くんがお腹空いてるなら、私は少しにしよう。袋を破って……。あ、味の確認しなきゃ。


「イチゴ味、平気?」

「え? 平気だけど……」

「じゃあ、はい」

「!?」


 かじったソフトキャンディの残りを青葉くんの口に入れると、ビックリしたのかすぐさま目を見開いてきた。


「……え?」

「え?」

「……え?」

「え?」

「え?」

「な、何?」

「……あー、間接キス」


 ひかるが初めてケーキを作った時、こうやって食べたんだ。同じお皿とフォーク使って。それを、未だに「キスした」って言い張るの、ちょっと可愛いよね。


 にしても青葉くん、変なお願いするなあ。男の子ってみんな、間接キスのことキスだって言い張るのかな? 私は普通に青葉くんとキスしてみた……いやいや、下心!


「……?」

「ごめんなさい」


 ごめんなさい!?

 え、心の声が漏れた!?


「……はっず」

「え?」

「……なんでもない。完全に俺の八つ当たりです」

「八つ当たり……? もしかして、イチゴ嫌い?」


 最初の言葉が聞こえなかったんだけど、八つ当たりってなんだろう? とりあえず、心の声は聞こえてないわね。よかった。

 それより青葉くん、顔真っ赤。イチゴみたいで、ちょっとだけ面白いわ。


「……好きだよ」

「よ、良かった」

「好き」

「う、うん」

「好き。美味しい」

「……私も美味しい」


 そんな連呼しなくても!?

 でも、初対面でも「好き」って言われたし、青葉くんにとっては特別な言葉じゃない。そのくらいわかってるわ。


 でも、顔が熱いのは認めないといけない。私も赤くなってないかな。


「……教室、行こうか」

「うん」

「変なお願いしてごめんね」

「……それより、さっき会った時顔色悪かったから、無理しないでね」

「ありがとう。イチゴ、美味しいね」

「良かった」


 いつもの声に安堵した私は、赤面した青葉くんに手を引かれて、誰も居なくなった廊下を早足で歩いていく。


 というか、なんで私ここまで来たんだっけ?

 面白い青葉くん見れたから、まあいっか。


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