梓の元カレ



「……奏」

「わ! ビビった……。五月か」


 造形室で特殊造形の課題をしていると、五月が入ってきた。

 ここ、別の科のやつ立ち入り禁止なんだけど……。なんて、言えない表情をしている。そして、なんとなく用事がわかるオレは、五月を追い出せない。

 誰も来ないことを祈るしかないな。


「……怪我、どうしたの?」

「なんだなんだ、オレのこと心配してくれてんの?」

「だって、お前。身体が資本って口癖の奴が、怪我なんてするわけないだろ。何があったの」

「オレだって人間だからな。怪我くらいするさ」

「奏!」


 ですよねー。

 朝に会った時点で「ヤベッ」って顔しちゃったし、良くなかったな。

 ほんと、オレはこいつにだけは嘘がつけない。……いや、五月が鋭いのか。


 観念したオレは、五月のいる方へと身体を向けた。


「先に言っとくけど、お前は関係ねえからな」

「……わかった」


 そう断りを入れておかないと、こいつは自分を責める。

 彫刻刀を机の上に置くと、それに合わせて五月が隣に座ってきた。



***



「あずー!」

「……え?」


 途中、先生に呼び止められて少し手間取ったけど、なんとかお昼を食べる時間はありそう。

 なんて、ちょっとギリギリな時間の中、マリたちと一緒に中庭へ移動していると、前からなぜかひかるがやってきた。普通に溶け込んでたから、転校でもしてきたのかと思ったわ。でも、制服はうちのじゃない。


 ひかるは、私の姿を見るなり抱きついてきた。


「なんでいるの?」

「部活の練習試合!」

「え? だって、学校は?」

「僕のところは、先週から夏休みなんだよ。それよりさー」

「待って、ひかる。人前では抱きつかないのよ」

「あ……。ごめんなさい」


 ああ、マリたちが唖然としてるわ。いや、よく見ると、周りの人たちも。


 私がひかるを押し返すと、少しだけシュンとした顔でこっちを見てくる。……なんだか、小動物みたいで憎めないのよね。


「梓、誰?」

「もしかして、彼氏!?」

「いつも早く帰ってるのって、もしかして……」

「まさか! 違うわよ、幼馴染ってやつ」

「幼馴染で、元カレの桜田ひかるです!」

「……え?」

「嘘……」

「あ、ちょっと! こんなとこでっ!」


 あー、もう! 言わんこっちゃない!


 私の静止も聞かず、ひかるはニコニコしながら自己紹介をする。

 マリたち以外に、知り合いは……。うん、いなさそうね。


「なんだよー。別にいいじゃんか」

「良くない! 元カレって、小中でちょっと付き合っただけでしょ!」

「手を繋いで一緒に帰ったよね」

「へー、梓ってこういう子がタイプなんだ」

「意外」

「ち、違くて!」

「ファーストキスだって、僕じゃんか」

「うっそ!?」

「あーーーーーー!!!」


 本当、余計なこと喋るよね!?


 キスって言っても、ひかるが作った初めてのケーキ食べた時のことでしょ? あんなの、日常じゃないの!

 ちょっと、ふみかと詩織! そんな顔して私のことを見ないで!!


「桜田くん、小学生の梓ってどんな感じだった?」

「もー、マリ!」

「うーんとね、しっかり者だったよ! クラス委員やってたし、いつも先生の手伝いしてた」

「へー、その時から梓って面倒見良いんだ」

「……ひかる、もう喋んないで」

「なんでさー。……あ、青葉くん!!」

「!?」


 嘘でしょうーー!!

 あれ、青葉くん、トイレ行ってたんじゃないの!? なんで、昇降口にいるのよ!!

 今の話、聞かれてたらどうしよう? というか、心なし顔色が悪い気もする。まだ体調万全じゃないのかな。


「あ、えっと……」

「ひかるだよ、ひかる! なんで、顔隠して「ひかる! 部活行かなくていいの?」」

「あ、そうだった! あず、青葉くん、またね!」

「う、うん……」


 危なかった……。

 ひかる、空気読めないのよ。……いえ、読む気がないというかなんというか。説明すれば、ちゃんとわかってくれるんだけど。


 私に背中を押されたひかるは、体育館のある方へと走って行ってしまった。残されたマリたちと青葉くんが、なんだか未知の生命体にでも遭遇したかのような顔をしているわ。


「あ、あずー! ちゃんと糖分取らないと、また倒れるからねー!」

「……はい」

「え、倒れる……?」

「倒れたの?」


 ……まだ行ってなかったみたい。

 ああ、マリたちの視線が痛い。それに、青葉くんの視線も。


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