その日常を守り抜くため


『眞田くんと約束したから、身体のアザが無くなったら鈴木さんに告白してみる』


「ッシャ! 和哉、ナイス!!」


 控室にいた俺は、1人でガッツポーズをした。

 休憩時間にスマホを手に取ったら、そんなラインメッセージが見えたから。


 一時はどうなるかと思ったが、五月のやつ持ち直したんだな。

 何があったかは知らねえが、和哉ってば良いやつじゃんか。五月と梓のあの焦ったい関係に気づいたってことだよな。


 そうだよ。それで良いんだよ。

 お前は、自由に人を好きになって良いし、人を嫌って良い。それにケチつける奴がいたら、オレが許さねえ。

 中学のあの時、助けられなかったオレができる唯一のことがそれだと思ってるんだ。


「奏くん、お疲れー」

「……」


 そう、今ノックもせずに入ってきたこの女も、今まで仲良くしてたが五月を泣かせるなら話は別。

 オレは、いつもと同じニコニコとした表情で近づいてきた美香さんを睨みつける。



***




「五月くんじゃないかっ!」

「…………」


 2週間ぶりかな? に鈴木さんの家へ行くと、出迎えがすごい。

 なんと言うか、透さんの距離感がね。要くんや瑞季ちゃんと同じって、すごくない?


 スーパーの袋を持った俺は、その熱烈すぎる歓迎ムードに唖然とした。多分、このまま透さんにクラッカーやパーティハットを渡しても、全く違和感がない。


「にいちゃん!」

「おにいちゃん! 遊ぼう!」

「いや、待て。五月くんは僕と遊ぶんだ!」

「ちょっと! 青葉くんが困ってるじゃないの!」

「……はは」


 困ってるというか。……戸惑ってます。

 でも、嫌いな雰囲気じゃない。むしろ、心地良い。


 そうだ、今日は冷凍品も買ってきたんだ。早くしまわないと。


「ごめんね、青葉くん。上がって」

「お邪魔します」

「どうぞ。まずは、手を洗ってきなさい」

「ありがとうございます」

「ちょっと! 私のも持ってよ!」


 靴を脱いで上がると、透さんがそう言いながらスーパーの袋を持ってくれた。……何故か、俺のだけ。

 それを見た鈴木さんは、透さんに向かって吠えている。


「梓ちゃんはアレだよ。昨日みんなに隠れて食べてた生クリームのカロリー消費しなきゃ」

「な、なんで知ってるのよ!?」

「ふふん。パパはなんでも知ってるさ! 生クリームの後に、コンデンスミルク舐めてたのも知っ「ああああああ!!!」」


 ……これは、聞こえなかったフリした方がいいかな。

 鈴木さん、なんだかぷるぷる震えててかわいいけど。しかも、顔真っ赤。


「……聞いてた?」

「い、いや。何も聞こえてな「いいじゃないか、梓ちゃん。メープルシロップも蜂蜜もガムシロップも舐めるの大好きなんだかアデッッ!!」」

「……はは」


 ああ、ほらもう。透さん、ワザとやってない?

 というか、冷凍食品あるんだから早く入れようよ……。


 透さんへと繰り広げられる鈴木さんの華麗なる踵落としを見ながら、俺は苦笑するしかない。甘い物好きだって言ってたけど、ここまでだとは。

 後で作ってあげるクッキー、甘めにするから機嫌直してね。



***



「こーんにーちはっ!」

「やあ、りっちゃん」

「え、嘘」


 久しぶりに、異母兄弟……牧原家の喫茶店へ来た。すると、いつもは居ないはずのソラくんが、カウンターの中で何か作業をしている。

 ……これは、次の日嵐かもしれない。


 牧原家は、私のことを「りっちゃん」と呼ぶ。理花だから、りっちゃん。

 こっちのお母さんは、ソラくんが1歳の時に病気で死んじゃったんだって。で、その後お父さんがお母さんと再婚して私が産まれたって感じ。だから、仲は良いんだ。

 でも、お母さんのお仕事の都合で、ここには住んでいないし苗字も違う。


「嘘って何さ」

「だってソラくん、お店継ぐ気ないって……」

「ないよ」

「そんなこと言って。ここ数日、ずっと甘い物作って接客もしてくれてるじゃないの」

「あ、翼お姉さんこんにちは」


 カウンター席に着いてソラくんと話していると、ここの長女、翼お姉さんがやってきた。喋らなきゃクールビューティーなんだけど、結構明るいから見た目とのギャップがすごい。


「こんにちは。りっちゃんは、ソラの彼女知ってる?」

「うん。梓ちゃんでしょ?」

「りっちゃん言わないで!」

「やっぱり、前連れてきたギャルちゃんじゃないの!」

「へえ、梓ちゃんがここに来たんだ」

「あー、もう」


 学校のやつなんか入れさせないって言ってたのに、梓ちゃんは入れたんだ。ソラくん、本気なのかも。

 私にとって、それは嬉しいこと。だって、梓ちゃんって五月くんと仲良いから。ソラくんが掴んでおいてくれるなら、取られることないし。


「ねえ、今度学校の人連れてきても良い?」

「いいけど、誰?」

「五月くん。今、アピール中なの」

「五月……? 五月って、もしか「いらっしゃいませ」」


 あ、お客さんが来た。

 営業妨害はしちゃダメだよね。


 私は、そのままカウンターの一番端に座り直す。

 五月くん、甘い物好きらしいしここならゆっくりできるから、喜んでくれるよね? 体調良くなったら誘ってみよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る