恵まれた環境

一貫性のない思考は、依存か恋か


 玄関のドアを開けると、六畳一間。小さいピンクのテーブルに白い椅子と小さなソファ。そして、姿見。

 ホント、華やかな舞台が似合わない部屋。きっと、持ち主の本性を表してるんだろうな。


 私、「美香」がモデルを目指してからは、親と連絡を取っていない。だって、取ったってガミガミ小言が飛んでくるだけ。

 あんなもの、不良のやること。まともな職に就け、親不孝者。馬鹿みたいな格好して、恥ずかしくないのか。……ってね。


「ただいま」


 挨拶をしたって誰も返事なんかしない。わかってるけど、習慣ってやつ。


 ここの保証人は、私を哀れんでくれた叔父さんと叔母さん。私の親は、住所を知ってるのに1度も来たことはない。

 まあ、来ても入れないけど。


「……」


 一昨日、私は自分でもよくわからないくらい不安になって、良くないことをした。

 大好きな五月くんを、傷つけるっていう「良くないこと」。

 

 本当は、持ってた眉カットのハサミで傷つけようとした。でも、五月くんの血を見たくなかったから、そこまではしてない。踏みとどまった私は、とても偉いと思うんだ。


 ……なんて。わかってるくせに。


 こんなことしたって、五月くんは私に振り向いてくれないことくらい。

 わかってるくせに。


「五月くん……」


 私は、外行きの服のまま、窓際の空いたスペースに身を投げる。ここ、昼間は日が照って暖かいんだ。五月くんが日向ぼっこした場所なの。


 あっちのキッチンは、私が五月くんに料理を作った場所。

 ユニットバスは、五月くんに抱かれた場所。ロフトの布団の上やソファでも、私は彼に抱かれた。


 ここは、五月くんとの思い出が詰まったところ。嫌なことがあっても、家に帰れば私の心は癒される。

 なのに。


「私から離れるなんて、許さない」


 五月くんは、「こういう関係を止めたい」と言った。

 こんな夢中にさせたのに、私は捨てられるの?

 そんなの、あんまりじゃない?

 生理の日も毎日欠かさず膣トレして、ヨガや筋トレでボディラインを整えて。いつか、彼氏になるよう頑張ってたのに。


 他にセフレがいることは知ってる。五月くんがモテないわけがない。でも、今はそれでも良かった。最後は、私のところに帰ってくるんだから。


 でも、一昨日の五月くんは違った。


 一瞬でわかった。

 彼に、好きな人ができたことを。


「許せない」


 遊びはいいけど、本気は許せない。

 私には、五月くんがいないとダメなの。身体も心も、彼がいないと何もできないから。


 始まりは、「イケメンなのに、女性が苦手」「女性が怖いから、絶対断らない人」の噂を聞いて声をかけた。この人なら、私の言うことを聞いてくれると思ったから。

 でも、今は五月くんを愛してる。私を飾ってくれる五月くんを愛してる。


 だから、「離れる」なんて言わせない。

 私を捨てるなんて、許さない。


 次は、見えるところに私の印をつけてあげよう。



***



「梓! どうだった?」

「眞田くんが保健室運んでくれたよ」

「やっぱり、セーターなんか着てるからだよー」

「ジミーくん、大丈夫かな」

「今は寝てるみたい」


 準備室に入ったら、過呼吸起こしてる青葉くんが居たの。顔真っ青にして口元押さえて。前髪の隙間から見えた瞳から涙が溢れてたのを見た時は、胸の奥がすごく痛んだわ。

 あれは、体調不良ってよりも、恐怖が身体を支配してるって感じだった。もっと早く気づいてあげれば良かったのに。


 青葉くん、私たちの顔を見た瞬間倒れちゃったんだ。眞田くんが居てくれて助かったわ。だって、私じゃ青葉くんのこと持ち上げられないもの。


「梓が走ってった時はびっくりしたよ」

「ごめんごめん。お弁当持たせちゃって悪かったよ」

「それはいいんだけどさー」

「青葉と眞田、5限どうすんの? 美術だけど」

「眞田くんは帰ってくるんじゃない?」


 もうすぐ5限になる。

 でも、2人ともまだ保健室なのかな。教室には居ない。


 私は、先に教室へ帰ったんだ。今の青葉くんにとって、女子の私は恐怖の対象になると思って。

 あの時も、私が来たから気絶しちゃったかもしれないし。


 きっとまだ起きてないだろうから、美術で自由行動になったらポカリ買って枕元に置いてこよう。顔は、合わせない方がいいよね。


「青葉大丈夫かな」

「保健の先生は、脈しっかりしてるから大丈夫って言ってた」

「なら安心だね。理花にも教えてあげたら?」

「あー。授業中に連絡しとく」


 今連絡したら、絶対保健室行っちゃうよね。

 知らなかった理花は悪くないけど、告白しようとしてたから今近づけさせるのは良くない気がする。


 私たちは、教室に入ってきた先生の声で、それぞれの席に着いた。


 ……青葉くん、少しだけでも休んでね。私にできることなら、なんでもするから。



 

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