好きになる資格はない


「……青葉! 大丈夫か?」

「……眞田くん?」


 目を開けると、懐かしい天井が見えた。それに、俺を覗き込んで安堵している眞田くん。

 周囲を見渡す限り、保健室のベッドで寝ていたらしい。


「良かった。あのまま起きないかと思ったわ……」

「……俺、どうしたの?」

「準備室で過呼吸起こして、そのまま倒れたんだよ」

「……あー」


 そうだ。

 みんなの前で過呼吸晒したくなくて、隠れたんだ。鈴木さんと眞田くんが部屋に入ってきたところまでは、うっすら覚えてる。


「鈴木さんは?」

「教室戻ったぞ」

「そう。……眞田くんが運んでくれたの?」

「おうよ。お前、もっと食えよ。女子より軽いんじゃねぇの?」

「……あはは。ありがとう」

「それより、体調は?」

「もう大丈夫。これが初めてじゃないから」

「そっか……」


 やっぱり、眞田くんが運んでくれたんだ。優しいな。


 俺は、ちゃんとお礼が言いたくて上半身を起こした。

 すると、セーターを着ていないことに気づく。


「……あれ」

「セーターは、枕元な。ネクタイとベルトも一緒に置いてあるから」

「これも、眞田くんがしてくれたの?」

「……いや、えっと」

「……?」


 言われた通り、セーターとネクタイ、ベルトが枕元にあった。どちらも、綺麗に畳まれている。

 眞田くんって、結構几帳面なんだな。なんて思っていたら、


「…………鈴木が、その」

「え……?」

「鈴木が脱がせた。畳んだのも鈴木な」

「……マジ?」

「おう……。なんなら、ベルト取ってズボンのファスナーもおろしてたからな」


 急いで布団を取ると、眞田くんが話した通りファスナーが下されている。

 ……きっと、身体を圧迫させちゃうから下ろしたんだろうな。理由はわかる。わかるけど……。


「…………死にたい」

「俺がやろうと思ったんだけど、その、鈴木が必死だったから……」

「はっず……」


 でも、そのおかげか息苦しさはなくなってる。うまく呼吸できるし、暑さで気持ち悪くなることもない。……んだけど。

 俺は、申し訳なさそうな顔をしてる眞田くんを横目に、制服のズボンのファスナーを上げた。……待てよ。と言うことは……。


「……もしかして、ワイシャツの中も」

「いや、ネクタイ外してただけだぞ。なんかあんのか?」

「え、あ……」

「あ、お前もしかして……」


 見られたかな。

 鈴木さんにだけは見られたくなかった。メイクで隠せば良かったな。見たくなかったからそのままにしてた自分を呪いたい。


 なんて後悔をよそに、眞田くんは、


「お前、女だった……とか?」

「は!?」

「え、いや。だって、ワイシャツの中見られたくねえんだろ?」

「そうだけど。……俺は男です」

「はあ……。セイラには、チンコついてねえじゃん」

「俺はセイラじゃないし、ついてます……」

「わーってるわ。夢くらい見させろよ」


 と、言ってくる。どんな夢だ?

 ……頭のてっぺんからつま先まで、正真正銘の男ですって。千影さんに似てるのは自覚してるけど、髪質とか眉は父さん似だし。


 なのに、眞田くんは少し離れて俺の身体部分を手で隠して「やっぱセイラ」と真剣な顔して言ってくる。……面白い人。


「……鈴木さん、普通だった?」

「おう。必死だったからそれどころじゃなかった感じだったけど」

「……どっちにしろ、複雑」

「お前、もしかして鈴木に男として見られてねぇんじゃ……」

「奏にも同じこと言われた」

「……ドンマイ」

「…………」


 鈴木さんの部屋に2人きりで入ったことといい、本当、彼女の中の俺の立ち位置はなんなんだろう。

 要くんいるし、慣れてるだけ? ……ってことは、鈴木さんの中で俺は小学2年生か。まあ、いいさ。


「その様子を見る限り、お前も鈴木のこと好きなんだな」

「……うん」


 質問に頷くと、眞田くんが大きなため息をつきながらベッドの端に座ってきた。

 同じ人を好きだって言われたら、そうなるよね。


「はあ。お前には勝てねえ」

「そんなことないって。俺なんかじゃ鈴木さんと釣り合わないし、告白するつもりないから」

「……何だよそれ」

「今まで散々女の人と遊びまくってたの。流されるままにセフレ増やして生活してるようなやつだから。釣り合わないんだよ」

「それは……」

「多い時は、同時期に6人かな」

「…………」


 ほら、黙った。

 他人が聞いたら、こんなもんでしょ。


 俺の話を聞いた眞田くんは、下を向いてしまった。

 鈴木さんと釣り合うかどうかなんて、俺自身が一番よくわかってる。

 眞田くんがドン引きしそうなエピソード、まだまだあるし。


「1日に2人相手したこともあるし、彼氏のいる人を抱いた時もある。ひどい時は「青葉、もういい」」

「……」

「もう、いいよ。青葉」


 ね?

 こんなもんだよ。


 俺はチャイムの音を聞きながら、眞田くんの暗い顔を見て自身を嘲笑った。


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