私は心が狭い人

ずっと繋いでていいよ




 家を出た私たちは、そのまま手を繋いで学校へと向かっていた。青葉くんのお仕事に、テストに。他愛のないことをポツポツと話しながら。

 今度、橋下くんが新しく取ってきたドラマ撮影のメイクをやるんだって。セイラさんも出るのかな、見るの楽しみだな。


「青葉くん」

「どうしたの?」


 この辺は人通りが少ないのよね。誰かに見られる心配がないから、安心して手を繋げるわ。


 ……話すなら、今だよね?

 テストの話がひと段落したから、こっちから話題を振ってもおかしくない。そう思った私は、青葉くんの名前を呼んだ。すると、


「……あのね、えっと」

「今までありがとうね」

「……え」


 私が口を開こうとしたら、先に青葉くんがお礼を言ってきた。


「学校では見れない鈴木さんが見れて、すごく楽しかった」

「……」

「ご飯も美味しかったし、鈴木さんの家族もみんな温かくて。俺、高校入って初めて朝「行ってらっしゃい」って言われたよ」

「……あ」


 そっか、一人暮らしだもんね。

 だから、嬉しそうな顔してたんだ。1人でずっと居るのは、寂しいよね。いつも騒がしい中にいるから、私には想像がつかない。


 青葉くんは、1人だったんだよね。

 家でも、クラスでも。


 ……これからも、寂しいって感じる暇ないくらい一緒に楽しいことしようって言いたいな。それなら、「告白」にはならないよね?


「青葉くん、私「鈴木さんがモテる理由、わかったよ。一緒に居て、すごく楽しかったから」」

「……」

「でも、これ以上は、他の男子に誤解させちゃうし、俺も勘違いしちゃうから」


 ……あれ。

 今、線引かれた?


 もしかして、「これからも一緒に居たい」って言おうとしてることがバレた?

 もしかして、青葉くんのトラウマ引っ張ってきちゃった?


 朝、サンドイッチ作るのに包丁握ったし。青葉くんからしたら、それを隠し持ってるって思われても仕方ないよね。

 カバンに服の中に、今の私には隠せるところがたくさんあるから。


「……うん。ごめんね」

「こちらこそ、俺なんかに付き合ってくれてありがとうね」


 俺なんか、じゃないよ。青葉くんだからだよ。

 ……メイクで隠してた本当の私を笑わないで見てくれた、青葉くんだからだよ。

 なんて言っても、彼を困らせるだけね。


 私は、握られている手に少しだけ力を入れる。

 すると、青葉くんも握り返してくれた。


「……テスト、頑張ろうね」

「うん」


 私の気持ち、言いたかったな。

 でも、彼を傷つけてまで言うようなことじゃない。


 それに、青葉くんには橋下くんっていう最高の友達がいるじゃないの。


「鈴木さん。もう少しだけ手、繋いでて良い?」

「……いいよ」

「ありがと」



 ずっと繋いでていいよ。



 私はその言葉を飲み込んで、青葉くんの体温を身体に刻む。


 

***



 学校前の交差点。

 テストで部活がないからか、いつもより人が多い。


「あ! 梓、おはよう〜」

「青葉! ちゃんとコンパス持ってきたか?」


 昇降口へ入ると、ちょうど下駄箱に靴を閉まっているマリがいた。その隣には、眞田くんだっけ? 青葉くんと最近仲の良い友達がいる。


「おはよう、マリ」

「眞田くん、おはよう。持ってきたよ」

「よし! にしても、相変わらず暑そうな格好してんなあ」

「本当。私まで汗かきそう〜」


 カバンの影に隠しながら繋いでいた手は、その声と共に離れていく。


 体温が、……今まで当たり前のように感じていた体温がなくなり、夏なのに隙間風を感じる。もう、私の手で彼の体温を感じることはない。

 目の前にある手を握ろうとするも、誰かに見られたら困るのは青葉くんだ。私は、それを望んでいない。


「眞田くんも、おはよう」

「おう!」

「なによ、眞田ー。朝から顔が赤いぞ!」

「マジ? 青葉、俺……」

「篠田さんがからかってるだけだよ」

「……おい、篠田!!」

「あはは」


 泣くな。

 泣くな、私。


 今日は、テストじゃないの。

 たくさん勉強したんだから、10位以内取って掲示板に名前載せるんでしょう?


 最後の最後まで、騒がしいまま。

 良い終わり方じゃないの。


 今生の別れじゃあないし、ラインも交換してある。今までみたいに、ご飯を一緒に食べることがなくなるだけ。

 そうよ、悲しくなるようなことじゃないわ。


「梓ー、行こう!」

「うん!」

「青葉も行くぞー」

「わかった」


 私たち4人は、今日のテストについておしゃべりしながら教室へと向かった。

 マリってば、定規忘れたんだって。2本持ってきておいて、よかったわ。

 

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