最後まで騒がしい一家



 次の日の朝。


「青葉くん、ノート忘れてる」


 今日は期末テスト初日!

 放課後は、マリたちとテスト勉強の追い込みをやるの。双子のお迎えはパパにお願いしたし、ゆっくりできるわ。

 だから青葉くんと居られるのも、朝のうちだけ。


「あ、ごめん! ありがとう」


 ……なんか、しんみりしちゃうな。こうやって、青葉くんが家にいる姿見れなくなっちゃうから。


 でも、テストはバッチリ。

 たくさん勉強したし、今回は高得点狙えそう。目指すは、10位以内ってとこ!

 だって、10位までに入れたら昇降口前の掲示板に名前が載るから。


「後は忘れ物ないかな」

「あ、数学でコンパス使う」


 私は、リビングで青葉くんと一緒に持ち物チェックをしていた。

 双子は既に、学校へ行っちゃった。お母さんとパパは居るけど。


「忘れてた! 青葉くんは持ってる?」

「持ってる」

「そういうのは、夜のうちにやるのよ」

「はあい」


 お母さんの言葉に返事をしつつ、私はソファの上に投げ出されていたコンパスをカバンに入れる。


 色々ありすぎて、昨日はスマホを充電するだけで精一杯だった。

 だって、青葉くんとひとつ屋根の下で寝るとか! 寝顔見に行こうと思ったんだけど、流石に嫌われそうだから止めたの。……ああ、見たかったな。こんなチャンス、もうないのに。


「あ! 鈴木さん、定規も必「青葉くん」」

「は、はい!」


 青葉くんが何かを伝えようとしたのに、パパがそれを遮ってくる。怒ろうとしたけど、その前になんだか話し始めちゃったわ。


「青葉くん、うち全員鈴木さんなんだ。誰が呼ばれてるのかわからないぞ」

「えっ」 

「下の名前なら、みんな違うからわかりやすいな!」


 待って、パパ!

 それって、青葉くんに私のこと名前で呼ぶように言ってくれてるの!?


 嘘! 青葉くんが、私の名前呼んでくれるってこと?

 たまには良いことするじゃないの、パパ!


「えっと、じゃあ……」


 青葉くんが、「梓」って呼んでくれる?

 それとも、ひかるみたいに「あず」とか?

 この際、「あーちゃん」でも「あっちゃん」でもなんでも良いわ!


 私は、筆入れの中に定規が入っているか確認しながらも、青葉くんの声に全神経を集中させた。すると、


「じ、じゃあ、……あ、あず。あずs「だから、僕のことは透くんと呼びなさい」」


 あああああああああ!! 台無し!!!


 ちょっと尊敬したら、コレよ! 慣れないことはするもんじゃないわ!


「イテッ! な、なんだ梓ちゃん。痛いじゃないか」

「パパのバカっ!!!」

「イテッ、イテッ!」

「もー、遅刻するって言ってるでしょう」


 私がパパに向かってローキックをかましていると、それを見た青葉くんとお母さんが笑ってきた。


「そうだね。鈴木さん、そろそろ行こうか」

「……うん」


 そうね。

 最後の日は、このくらい明るくいた方がいいよね。


 あーあ。名前、呼んで欲しかったな。


「……お母さん、パパ。頑張ってくる!」

「えぇ。テスト、回答欄ミスに気をつけてね。パパ?」

「……パパ?」

「おい! 昔の話を掘り返すな!」

「……やったことあるのね」

「おい! 青葉くんに笑われたじゃないか!」

「わ、笑ってませっふふ……」

「笑ってる!!」


 パパってば、結構おっちょこちょいなんだ。私も気をつけないと。

 笑い事じゃなくなったら大変。


 私と青葉くんは、お母さんとパパに見送られて玄関を出る。


「五月くん、忘れ物は大丈夫?」

「はい。確認したので、大丈夫です」

「梓は?」

「大丈夫!」

「どれ、パパが頑張れのギューを「行ってきまーす」」


 させるわけないでしょう!

 そんな顔したって、絶対にさせないんだから!!


 私に拒否されたパパは、あろうことか青葉くんの方を向いている。……この流れ、どこかで見たわね。


「青葉くん」

「は、はい」

「……青葉くん」

「…………はい、透さん」

「頑張れのギューをし「はいはい、青葉くん。行こうねー」」


 やっぱり!!

 油断も隙もないってこのことね。


 私は、青葉くんの手を掴んで無理やり外へと連れ出す。お風呂みたいには、させないんだから!


「行ってきまーす」

「お邪魔しました」

「行ってらっしゃい、梓、五月くん」

「……」

「……?」


 お母さんの声に、青葉くんがピタッと止まってしまった。後ろを振り向くと、少しだけ頬を染めて嬉しそうにする青葉くんが。

 今まで見たことがないくらい幼い顔をした彼は、お母さんとパパの方を向いて、


「行ってきます」


 と、なんだか泣きそうな声を絞り出していた。

 それを見たお母さんとパパは、嬉しそうな顔をしている。……なんだろう?


「青葉くん、遅刻する」

「あ、うん! 行こう」

「……あ」


 手を繋いでいることに今更ながら気づいた私は、振り解こうと手の力を抜いた。

 でも、青葉くんは私の手を離さない。


 そっか、最後だから優しくしてくれてるのかな。

 今日だけだもんね。今だけ、この手は私が独占できるんだ。


「青葉くん、今日も暑いから水分ちゃんと摂ってね」

「うん。ありがとう」


 テスト、頑張れそうだわ。


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