弱い自分が大嫌い
息の吸い方がわからない
『五月くん!』
俺がスタジオに入ると、すぐに美香さんが駆け寄ってきた。
今日は、彼女ともう1人の女性のメイクをするのが仕事。だから、俺はこの声を無視できない。
『おはようございます、美香さん』
『おはよう! 今日もよろしくね!』
『はい、よろしくお願いします』
美香さんは、街頭スカウトで雑誌デビューしたモデルさん。確か、俺より年齢が2個上だった気が。
毎回、スラッとした足を出した服装で現場に来てるから、とても高身長な女性に見える。
けど、実際は俺よりずっとずっと背が低い。本当は、ランウェイに立ちたいらしいんだけど、身長が足りないんだって。
『今日ね、ちょっと乾燥しちゃって肌のノリ悪いかも』
『大丈夫ですよ。いつも通り綺麗です』
『本当!? 一応保湿はしてきたの』
『じゃあ、あとは任せてください』
『うん! 五月くんありがとう!』
美香さんは、そう言って俺に抱きついてくる。
本当は、それも辛い。女性に触られるのが、怖い。けど、そんなこと言ってたら何もできないから我慢するしかないんだ。
『後ね、今日現場終わったら……その、ね?』
『………………いいですよ』
『やった! 美味しいご飯も作るから食べてってね』
正直、美香さんの作るご飯が美味しいと思ったことはない。……いや、誰が作っても、食べ物なんて美味しいものではない。ただ、栄養が摂れればそれでいい。俺は、そう言う考えの人だ。
でも、それを伝えたところで相手を傷つけるだけ。言わない方がいい。
『わかりました』
『うん! ……いつもありがとう』
別に、付き合っているわけではない。
だって、俺にはこういう関係の女性が複数人いるから。みんな、それをわかって声をかけてくる。
でも、彼女はそういうのを止めてほしいらしい。
止めたら美香さんとの関係も終わるんだけど、本人はそう思ってないっぽい。
……俺の中では、要注意人物。絶対NOと言えない人になってる。
『じゃあ、控室行きましょう。メイクします』
『はあい』
悪い人ではない。俺が苦手な「女性」ってだけ。
ただ、それだけ。
***
セックスは、マスベの延長だ。
自分の快楽のために腰を振り、目の前にある立体的な「オナホ」の締めを良くしてイくだけ。
そこに愛はないし、ましてや女性としているという感覚もない。ただ、自分の快楽のためだけに行為を続けるのみ。
なのに、みんな俺とするのが好きらしい。
『五月くん、しよ?』
『……わかりました』
美香さんは、家へ上がるとすぐに俺を求めてくる。この人は、2人きりになるとすぐに甘えてくるんだ。
必死に断る理由を探そうにも、一歩間違えたら今度は死ぬかもしれない。そう思うと、やはり従っていた方が安全なんだ。
『今日ね、五月くんの好きな下着にしたんだ』
『そう』
俺が、いつこの人に好みの下着を話した?
てか、好みの下着なんてない。自分が着やすいやつ着れば良いのに、この人は何を言ってるんだろう。
美香さんは、頬をほんのりピンクに染めながら、ソファの前でゆっくりと服を脱ぎ出した。今日は、ここでするらしい。
『五月くんも脱がせてあげる』
『それより、美香さんのこと脱がしていい?』
『……うん』
この人は、して欲しいことを他人にする。
だから、わかりやすい。……反面、怖い。求めていることをしなかったら、どうなるんだろう。
そう考えながら、俺は美香さんのブラウスに手をかける。
『ねえ、五月くん』
『なんですか?』
『……キス、しながらしたいな』
『今日は積極的ですね』
しないよ、絶対。
だって、オナホとキスする人なんていないでしょう?
『生でしていいからね。そっちの方が気持ち良いでしょう?』
『はしたないな、美香さんは』
『だって……』
『でも、可愛いですよ』
『……五月くん』
みんな言うんだ。「ピル飲んでるから」「安全日だから」「あなたとの子どもなら、できてもいいから」って。
でも、そんな泥沼にハマる気はない。
性病のリスクも上がるし、そもそも女性に対して、生でしたいと思ったことはない。……なんて、俺はおかしいのかな。
『今日はどこから突きますか?』
『……後ろ』
『美香さん、後ろ好きですね』
俺も、後ろが好き。
だって、相手の顔見なくて済むでしょ。俺の顔を見られることもないから、WIN-WINの体位。
『……五月くん、好き』
『ありがとうございます』
俺だって、自分の噂くらい知ってる。誘われたら絶対断らない男だなんて、誰が最初に言い出したんだろう。本当、迷惑。
断らないのを利用して近づいてくるそんな人を、俺は好きになんかならない。
こんなことに時間使うなら、俺は奏と家でゲームしていたい。あいつと飯食って、期末の勉強して。
鈴木さんだったら、こういうのも上手に断るんだろうな。彼女くらい強かったら、今頃俺は奏とゲームやってんだろうな。
『好き。……五月くん、大好き。ずっと、一緒』
こうやって、俺は息をするように毎回違う人と行為を繰り返す。
そして、その日の夜は必ず過呼吸を起こすんだ。
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