生きるって、難しいな



『五月〜、ゲームしようぜ!』


 俺の親友、奏は芸能人。

 小学生の時、冗談のつもりで受けたオーディションに受かってしまい芸能界入りを果たした人だ。

 5,000人位の中から1人選ばれる超大型なオーディションで、本当は既に合格者が決まってた出来レースにも関わらず飛び入り合格しちゃうとかね。全く、奏らしいよ。


 今は、雑誌にドラマ、バラエティに引っ張りだこ。10〜20代で知らない人はいないんじゃないか?ってほど有名になった。


「いいけど、休まなくて良いの?」

「オレにとって、休むのは五月と遊ぶことと同列!」

「なんだそれ」


 仕事がない日は、高確率でうちに来る。今日は、ゲームをしに来たらしい。先週の休みは、俺の作るご飯目的で来たな。


「ここ、セキュリティすげぇからマスコミも来ないんだよ。オレにとっちゃ、実家より休める」

「そっか。寝たくなったら、寝室使って良いから」

「なんだなんだ、一緒に寝るか!?」

「心配してんの! お前、先々週倒れたって聞いたんだけど」


 マネージャーの高久さんがこいつの体調管理してくれてるらしいんだけど、今は熱出して別の人が担当してるんだって。

 体調管理できないくらい忙しいんだから、マジで休んでほしいんだよなあ。


『お前こそ、また発作起こしたって聞いたぞ』

『俺は、代役が居るから良いんだよ』

『はあ!? オレと遊べるのは、お前しかいねぇよ。だから、体調整えろ!』


 こうやって、心配してくれる人がいるのはありがたい。でも、俺の発作……過呼吸は、ただのストレスらしい。体調云々ではない。


 昨年は、3回救急車のお世話になった。でも、俺はそれを覚えていない。気づいたら、病院のベッドで寝ていたって感じ。いつも隣には、顔を真っ青にした奏がいてくれたっけ。

 こんなこと、恥ずかしくて鈴木さんに言えないな。……まあ、言う機会なんてないけど。


『……ありがと。ゲーム、何する?』

『今日は、スマブラ!』


 スマブラ、テトリス、ストファイ。それに、初代プレステもあるからアークザラッドとかRPGやったりね。


『負けたら、駅前のラーメン奢り!』

『受けて立つ!』


 そうだよ。

 俺は、こうやって親友と遊んでいたい。こういう時間が、一番大切なんだ。



***


 それから、数日後。


『……き! 五月!』

『…………?』

『五月……、よかっ、た』


 起きたら、なぜか地面が揺れていた。


 俺は、この揺れを知っている。


『大丈夫ですか? 名前を教えてください』

『……あお、ば。さ……っき』

『青葉五月さんですね』


 この揺れは、救急車だ。


 そっか。俺、また倒れたんだ。

 ゴールデンウィークに入って、それから……。ダメだ、思い出せない。


『……はぃ』


 うまく、声が出ない。

 話しただけで、口周りをチクチクとした痛みが襲ってくる。唇が乾燥してるのかも。触ろうとしたけど、身体が重くて動けなかった。


『脱水と栄養失調。ここしばらく食べ物を口にしてないですよね』

『……あ』


 思い出した。


 ゴールデンウィーク初日、立て続けに2人の女性を相手にしたんだ。その日帰ってからまた過呼吸になって、それからずっと自室にこもってた気がする。

 今日は、何日だろう。


『あの、……きょ、うって』

『ゆっくり喋って。もうすぐ病院着きますから』

『はい……』

『日付知りたいのか? 今日は、連休最後の日だぞ』

『え……』


 付き合いが長いからか、それとも奏の察しが良いのか。俺のその言葉だけで、聞きたいことを教えてくれた。


 連休最後ってことは、初日からずっと引きこもってたんだ。

 でも、記憶がない。思い出そうとすればするほど、女性を相手にしたあの時間が鮮明になってくる。

 快楽に歪んだ顔、声、仕草、全てが気持ち悪い。吐き気がする。


『五月。今は、別のこと考えて寝てろ』

『……ん』


 俺は、奏の言葉通り、他のことを考えようとした。

 すると、脳内に鈴木さんの笑顔が出てくる。それだけで、俺の身体から強張りがなくなっていく感じがした。

 やっぱり、鈴木さんはすごい。


『バイトにも、連絡してあっから。おじさん、心配してたぞ』

『……あ。ご、め』

『仕事は入れてねぇだろ? 千影さんには言ったからな』


 そうだ。シフト、入れてたんだ。……店長に悪いことしたな。クビだな。


『……うん』


 こんなんじゃ、ダメだ。

 こんな弱い俺、要らない。


 だって今、鈴木さんが刃物で切りつけられていても、俺は助けに行けない。そしたら、また過去の自分は血塗れになって倒れるんだ。

 鈴木さんが泣いたら、俺は過去の自分を……。過去の、自分を。


 ……あれ。

 俺が助けたいのって、誰だ?


 そもそも、なんで俺は過去の自分と鈴木さんを同列にしてた? そんなの、彼女に失礼じゃんか。


 それに、こんな弱い俺がいなくたって、鈴木さんは強い。俺が居なくたって、いつも笑ってる。

 なのに、ストーカー紛いなことして何してんだ、俺は。


『やっぱ、なんも考えるな。少し休めよ』

『……ん』


 それが、限界だった。


 思考が停止した俺は奏の声に安堵し、そのまま目を閉じる。

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