担任は、生徒思いな人
1年の2月下旬。
『おー、やってるかー?』
生徒会室で世界史のテスト用紙をまとめていると、小林先生がやってきた。
『お疲れ様です』
『生徒会のやつらが、青葉の仕事が早いって喜んでたぞ』
『ありがとうございます』
まさか、探し人の名前を見つけながらやってるから早くさばいてる、なんて言えないな。
あれから1ヶ月。
教室に戻ったものの、1年近く居なかったためクラスメイトとは馴染めず。まあ、いじめられることはないし、面倒くさいコミュニケーションもないし俺としては楽かな。……グループ学習は、勘弁して欲しいけど。
『3月末まで手伝ってくれたら、出席日数調整しとくから』
『はい。ありがとうございます』
最近始めたタピオカ屋のバイトや、メイクの仕事がない限り、こうやって放課後も生徒会の仕事を手伝っていた。
家に帰っても1人だし、ここで作業していても問題はない。
俺がテスト用紙に視線を落とすと、目の前の椅子に小林先生が座ってきた。
『お前、前髪なけりゃ友達くらいできんじゃねぇの?』
『……』
『事情はわかってるし、急かしてるつもりもない。校則うんぬん言うのも、性に合わないしな』
そう言って、小林先生は俺が仕分けていたテスト用紙に採点を始めてしまった。
……俺の前でやっていいのかな? さすがに、名前書いてあるし個人情報漏洩になるんじゃない?
『卒業できればそれでいいです』
『それも選択肢のひとつだな。教室に来るようになったから、心境の変化でもあったんかなーって』
『……行こうかなって思っただけです』
『そっか。生徒会の手伝いが嫌ってわけでもなさそうだな』
ああ、そっか。
生徒会の仕事が嫌になって、教室に戻ったと思われてたのかな。そうじゃないんだけど、そう思われても仕方ないタイミングだったかも。
『むしろ、来年も書類整理なら手伝いますよ』
『なら、生徒会に入れば?』
『……それは、遠慮しておきます』
『まあ、生徒会になったら、学期始めに全校生徒の前で挨拶しなきゃいけねえしな』
『知ってて勧めないでください』
『ブラックジョークってやつだよ。……ところで、母ちゃんは元気か?』
『元気だと思います』
小林先生は、俺の母が「セイラ」だと言うことを知っている。本来であれば、他の教師陣にも伝えないといけない情報らしいんだけど、俺が口止めしたんだ。目立ちたくないから。
それを汲み取って今のところ、本当に秘密にしてくれてる。
小林先生って、適当だけど本当に嫌なことはしない。いい先生だよ。
『来年の朝ドラ決まったんだって?』
『へえ。身体、壊さないといいけど』
『青葉家は、お前が母ちゃんポジションだな』
無論、俺がメイクの仕事をしてることも、料理や裁縫が得意なことも知られている。三者面談で、千影さんが言っちゃったんだ。1人暮らししてることもね。怒られると思ったけど、普通に関心されて終わったよ。
……にしても、やっぱり俺の前で採点するのはどうかと思うんだけど。結構名前覚えちゃってるから、良くない気がする。
『それ、うちのクラスの答案用紙ですよね』
『よくわかったな』
『毎週捌いてれば、覚えますよ』
『マジ? 覚えてないと思って普通に採点してたわ』
と言いつつ、小林先生は採点を止めない。
『まあ、ここでお前と話しながら仕事しちまえば、俺は今日早く帰れる。見なかったふりしろよ』
『ダメ教師』
『違いない』
止める気はないらしい。
俺はため息をつきつつ、テスト用紙の仕分けに戻る。すると、
『……任せてる答案用紙、全部お前と同じ科、学年のやつな』
『え?』
『1年近く登校してねえんだから、名前くらい何人か覚えといた方がいいだろ。そうすれば、顔と名前を一致させるのは早い』
『……ありがとうございます』
視線は相変わらずテスト用紙だけど、小林先生はそう言ってきた。予想外の気遣いに、少しだけ恥ずかしくなってしまう。
待てよ。
ということは、もしかして「鈴木梓」って同じ学年?
あれから、彼女のテスト用紙を見ていない。校舎ですれ違うこともしていないから、科が違うのかと思ってた。
『でも、何組かわかりませんが、最近見てないクラスありますよね』
『あー、1組か? あそこは、学級委員が大抵揃えてくれるからな。鈴木っつー、やつなんだけど見ればすぐわかるよ。今どき珍しいくらいギャルだから』
あの人だ。
「鈴木梓」は、1組だったんだ。
そりゃあ、校舎が違うから見ないワケだよ。
俺が、追加で質問をしようとしたら、先に小林先生が口を開いてきた。
『あ、そうだ。お前、来年も俺のクラスでいい?』
『……?』
『今、来年度のクラス決めしてんだわ。色々知られたくないことあんだろ。何人かは担任が選べっから、お前にしようかなって』
『良いんですか?』
『おう。セイラの息子教えてたなんて、自慢になるしな』
なんて言って、言う気ないくせに。
やっぱ、この先生面白いな。
『……俺が卒業してから自慢してくださいね』
俺は、そう言って小林先生に笑いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます