「鈴木」は平凡な苗字だけど、「鈴木家」は平凡じゃない



 俺が鈴木さんの家へ行くと、そこは戦場かと思うほど騒がしかった。……朝からこんなテンション上げられる人がいるんだ。


「早くどっか行ってよ!」

「待て待て。ここは僕名義の家だぞ!」

「名ばかりの場所じゃないの! ほら、おにぎりあげるから!」

「梓ちゃんのおにぎりだとッッ!!」

「もうやだあ。気持ち悪いこと言ってないで早く出てってよぉ。青葉くん来ちゃうじゃないの」

「あの顔だけ良い男が来るのかッ!」

「ちょっとそんな言い方やめてよ! 顔が良いことの何が悪いの!」

「全部だ!」

「顔も態度も悪い人が何言ってんのよ!」


 鈴木さんの母親に案内されてリビングへ入ると、言い争いをしてる鈴木さんと父親が。……言い争いじゃないか。喧嘩するほど仲が良いってやつ?


 それを聞いている鈴木さんの母親は、涼しそうな顔して笑っているだけ。


「ごめんなさいね、いつもこうなの」

「……あはは」


 そこに、双子は居ない。玄関に靴もなかったから、きっともう学校に行ったんだろうな。……なんて考えていると、


「瑞季たち、五月くんに会いたがってたんだけどね。日直だから、早めに学校行っちゃったの」

「そうなんですね」

「いつも遊んでくれてありがとう」

「い、いえ。こちらこそ、いつもお邪魔してしまって」

「良いの。息子ができたみたいで、私も嬉しいわ」


 鈴木家の人たちは、みんな優しい。父親だって、なんだかんだ言って俺のことを追い出しはしないし。


「さ! あの2人はほっといて、先に朝ごはん食べましょ」

「え、良いんですか?」

「待ってたら、遅刻するわよ」


 ……止めないんだ。

 ああでも、止めてもまた別のところで始まりそう。


「あ、青葉くん……。お、おはよう」

「おはよう、鈴木さん」


 やっと気づいてくれた。


「来たな、僕の敵!」

「お、おはようございます」

「朝から梓ちゃんのところ通ったって、僕は認め「青葉くん! 今日は、おにぎりでいい?」」


 ……2日目にして、この流れに慣れてしまった自分が怖い。初日でだいぶ慣らされた感がある。


「ありがとう。何か手伝う?」

「パパ、聞いた? これが模範解答よ。見習いなさい!」

「ふんっ」

「あはは。……お皿運ぶ?」

「うん!」

「わかった。……あ、鈴木さんのお父さん」

「誰がお父さんだッ! 梓ちゃんを嫁にやったつもりは「うるさーい!!」」


 ……なんて呼べばいいんだろう。


「えっと、鈴木警視長さん……?」

「なんだね、青葉くんとやら」


 あ、正解だったっぽい。

 しかも、俺の名前覚えてくれてる。意外。


「これ、お借りしてたTシャツです。ありがとうございました」

「こんな丁寧に返されても娘は「ありがとう。アイロンもかけてくれたのね」」


 なんだか、このやりとり面白いなあ。……あ。そうだ、ぬいぐるみも渡さないと。

 そう思うも、俺は完全に渡すタイミングを逃してしまう。


「全く、親の顔が見たいもんだね!」

「ちょっと! 青葉くんに失礼なことばっかり言わないでよ」

「あー。テレビお借りしてもいいですか?」

「は? 何を言っ「はい、何かやってるの?」」


 この時間帯だと、連ドラやってるはず。


 鈴木さんから受け取ったリモコンで、テレビをつける。チャンネルを1にして……ああ、居た居た。


「これ、母親です」


 そう言って着物姿の千影さんを指さすと、そこに居た全員が固まってしまった。


 キッチンからは、何か落としたような大きな音が響いてくる。

 驚いてそちらを覗くと、鈴木さんの母親がこっちを見ていた。けど、視線は合わない。


「…………」

「…………」

「…………」


 なにか、変なこと言ったかな。

 あ、聞こえなかったとか?


「あの、セイラって芸名で活動してて……」

「…………セイラさんが、青葉くんのお母さん?」

「う、うん。知ってる?」

「知ってるも何も……」


 よかった。聞こえてたみたい。

 鈴木さんに言ったと思ってたんだけど、言ってなかったんだ。


「……待って。源氏物語の冒頭部分が、今ので吹き飛んだ」

「『いづれの御時にか、』だよ」

「あ、うん……。うん。『女御更衣あまた侍ひ給ひけるなかに、』ね」

「そうそう。覚えてて偉いね」


 鈴木さん、古文苦手なんだよね。

 俺は、いつもの癖でそのまま鈴木さんの頭を撫でてしまった。


 父親から反感を買うと思った俺は、急いでその手を引く。けど、いつまで経っても文句は聞こえない。

 恐る恐るそっちを向くと、鈴木さんのお父さ……いや、鈴木警視長さんは、放心状態でテレビを見ていた。




***



 1年の2月半ば。


 保健室登校を止めてから、1ヶ月が過ぎようとしていた。その間、何度も「鈴木梓」を探したけど、見つからなかった。


『鈴木、鈴木……』


 こんなありきたりな苗字じゃなければ、もっと早く見つかったと思う。

 けど、仕方ない。彼女は「鈴木」なんだから。


 俺は、生徒会の手伝いをしつつ、その部屋で管理されている名簿も読み漁った。


 ……怪我、してないかな。泣いてないかな。

 そう思いながら。

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