09

探し人は突然見つかる

『鈴木梓』は強い人



 ピピピピ。ピピピピ。


「……」


 朝、5時30分。


 いつものアラーム音で目を開けると、カーテンの隙間から差す光が視界に入ってきた。

 眩しさに目を細めながらボーッとしていると、5時40分のアラームが鳴り響く。父親譲りの低血圧だからか、朝は弱い。


 この時間に起きるのも、後1回。

 後、1回だけ。


「……よし」


 スマホのアラームを止めた俺は、鈴木さんの家へ行く準備をする。


 借りたTシャツは、洗濯してアイロンをかけた。

 テスト勉強の用意もしてある。


 ……そうだ。先日作った、うさぎのぬいぐるみも持とう。

 お礼って言って渡せば、受け取ってくれるはず。鈴木さん、喜んでくれるかな。


 ……鈴木さんの笑った顔が見たいな。



***



 俺が鈴木さんに興味を持ったのは、前髪が伸びて目が隠れるようになった1年の3学期始めだった。

 大寒が過ぎて数日後、悴む寒さが続いている日だったことを覚えている。


『青葉くん、このテスト用紙の仕分けお願い』

『わかりました』

『まだ採点してないから、汚さないようにね。できそう?』


 1年の1学期と2学期は、保健室登校を繰り返した。と言っても、学校へ行かない日の方が圧倒的に多い。


 中学の時に受けた傷が痛めば痛むほど、俺の足は学校から遠ざかっていく。

 せっかく奏と一緒に合格して入った高校も、気づけば仕事で休んでるあいつよりも出席日数が少なくなっていた。


『大丈夫です。書類整理、嫌いじゃないので』

『よかった。他の生徒会の人に聞かせてあげたい』


 このまま退学しようとしていた俺に、担任の小林先生は生徒会の仕事を提案してきた。テスト期間だけ手伝いをすれば、それを出席日数に当ててくれるって。

 奏も休んだ分補修とかで埋め合わせしてるらしいし、元々そういうところが緩い学校なんだろうな。

 そのおかげで、俺は学校生活を続けられたんだけど。


『終わったら、声かけないで帰って良いからね』


 2学年上の先輩は、もう授業がないから手伝ってるって言ってた。元々生徒会だったらしい。

 俺は、部屋から出て行った先輩に言われた通りの手順で、作業に取り掛かる。


 すると、開け放たれた窓から、いろんな人の声が聞こえてきた。腕時計を確認すると、ちょうどお昼休みらしい。


『次の授業、グループどうする?』

『サッカーしようぜ!』

『放課後、図書委員の仕事あるんだよね』


 その会話は、自身と一生縁のないもの。

 高校生活なんて、楽しむものではない。できるだけ人の目に触れず、静かに卒業できればそれで良い。


 話し声に耐えられなくなった俺は、立ち上がって窓際へと向かう。寒いし、俺以外部屋にいないし閉めても問題ない。

 そう思ったのに、俺は窓を閉められなかった。


『……さん、付き合ってください』

『……っ』


 手で窓枠を掴んだ時、とても近くで背筋が凍るような言葉が聞こえてきたから。


 俺にとって、告白ほど恐ろしい場面はない。サーッと、全身の血が下がっていくのを感じながらも、好奇心があったのか声のする方へ無意識に顔を向ける。


『あなた、私のこと知ってるの?』

『……組の鈴木梓さんですよね』


 すると、そこには初々しいほどに頬を染めた男子生徒と、ギャルまっしぐらの女子生徒がいた。その女子は、ギャルにしては落ち着いたアルト声で男子と話している。


 鈴木、梓?


 俺は、その名前を最近見た気がした。けど、どこだったのか思い出せない。


『そうよ。……でも、ごめんなさいね。私、あなたのこと知らないの』


 必死に思い出そうと思考を巡らせていると、女子は告白を断っていた。

 その言葉を聞いた俺は、過去の自分とその女子を重ねてしまう。


『……げて』


 そこには、告白を断る自分がいた。

 その数秒後、俺は相手の持っていた刃物で上半身を切りつけられるんだ。


 逃げてって大きな声で言わなきゃ。

 俺が間に入って、守ってあげなきゃ。


 なのに俺は、生徒会室のカーテンを掴んでそれを見ていることしかできない。正直、その場に立っているので精一杯だった。


 助けられないのに、窓を閉めることもできない。

 そんな自分を情けなく感じていると、


『付き合うことはできないけど、これを機に名前を教えてくれる?』


 鈴木梓と呼ばれた女子は、そう言って相手に笑いかけていた。

 その笑い顔を見た俺は、さっきまで整理していたテスト用紙の中に同じ名前があったことを唐突に思い出す。


 急いで机の上を確認すると、すぐに見つかった。


『鈴木、梓』


 とても丁寧な字だった。純文学を好みそうな、そんな人の字。

 到底、ギャルが書いたとは思えない。


『……あ』


 用紙をボーッと眺めていた俺は、チャイムの音で我にかえる。急いで窓際に戻ると、すでに2人は居なかった。

 その代わり、校舎へと走って戻る生徒が複数人。必死に目を凝らして見たけど、そこにさっきのギャルは居ない。



『鈴木梓、……変な人』



 でも、俺にはない強さをもった人。


 その次の日から、俺は保健室登校を止めて教室へと戻ったんだ。

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