本音が言えない、似たもの同士


 笑みを消した梓は、


「だってさ……」


 と、小さな声で五月に話し始めた。


「だって、首の跡薄くなってきたし、ふみかたちのことも終わったんでしょう?」

「一応、ね」

「そしたら、青葉くんが毎朝ここにくる理由はなくなるね」

「……うん」

「みんなにも、テスト勉強してるって言ってあるからさ。テスト終わっても一緒に居たら、変、だよね」


 そう言って、梓は視線を下に向けてしまう。


 ああ、そうか。

 人気者あずさが、特定の男子と理由もなく一緒に居たら目立つもんな。

 目立ちたくないって言った五月と一緒に居るのは、良くないって思ってんだろうな。


 でもな、梓。

 首筋の跡をメイクで消すのって、お前でもできるよな。それをお互い言い出さなかったってことは、お互いが一緒に居たいって思ってる証拠なんだ。


「……そうだね」


 五月は、梓の気持ちに気づいてんだろ?

 お前なら、周りから睨まれようが何言われようが気にしないだろ?


 お前の本音、言わなくていいのか?


「だから、パパは追い出しとく! だから、明日は一緒に……」


 ほら。

 梓、泣きそうになってるぞ。泣きそうになって、言葉を一生懸命探してるぞ。


「……うん。明日は……テストの日までは一緒に、学校行こう」

「うん。うん!」


 五月の返事を聞いた梓は、嬉しそうな、それでいて、少しだけ寂しそうな顔をしてきた。

 それでも、五月はそれ以上口を開かない。


 オレがいるから?

 それとも、付き合う気ないから?


「じゃあ、ママに朝ごはん用意してもらうね」

「ありがとう。楽しみにしてるよ」


 ……違うな。

 五月、怖いんだ。


 本音言って梓に拒絶されるのも、嘘ついて一緒にいるのも。

 だから、「テストが終わること」を理由に離れようとしてるんだ。


「……五月、時間」

「わかった。……鈴木さん、ご馳走様。皆さんによろしくお伝えください」

「うん!」

「ごちそーさん。また来る!」

「いつでもどうぞ」


 挨拶を交わしたオレらは、手を振りながら玄関のドアを閉めた。


「これでいいんだよな」

「……うん」

「ん。……おつかれさん」


 ……もどかしいなあ。


 オレは、なんとも言えない表情をする五月の横顔を見ながら、オーディションに頭を切り替えて歩き出す。



***



「……あ」


 お風呂から出た私は、ベッドの上でスマホを開いた。


 ずっと開いてなかったのよね。

 お母さんと青葉くん、あと、マリから連絡がきてたわ。


 お母さんからは、パパが帰ってくるって。

 マリからは、また遊ぼうねって。

 そして、青葉くんからは「かえってこないで」と。


「……心配してくれたんだ」


 橋下くんから話聞いたんだけど、後ろ手に画面見ないで打ったんだって。私がリビングに入った時も、すぐ目の前へ来て守ってくれたし、咄嗟に動ける青葉くんはすごい。


 震えた肩、広げられた両手の強張りが、今も脳裏に焼き付いているわ。最初、何事かと思ったもの。

 ……パパには、後数発踵落とししとこう。


「……守ってくれた青葉くん、カッコ良くて勘違いしそうだったよ」


 本当はね。

 あの時、このまま一緒に居たいなって言うつもりだったの。……すぐに思い直したけどね。


 だって、友達って言ってもただのクラスメイト。目立ちたくないって打ち明けてくれた彼を、縛り付けるのは良くないことよ。

 「一緒に居たい」って言えば「いいよ」って言ってくれる彼に、ずっと甘えてるのもダメでしょう?


 それに、青葉くんの居場所はここじゃないし。

 バイトに、芸能界の仕事に。私とは縁のない場所が、彼の居るべき所なのよ。


 そうやって、全部理解してるのに、


「苦しい」


 青葉くんのことを考えると、喉に何かが詰まって息がうまくできなくなる。胸に何かが刺さってるみたいに、痛み出すんだ。


 一層のこと、キスマが消えなきゃいいのに。そしたら、一緒にいる口実ができるのに。なんて、考えちゃう自分も居る。

 ……自分勝手すぎるよね。

 

 テストが終わったら、今まで付き合ってくれてありがとうって。これからは、クラスメイトとしてよろしくねって。

 私から、ちゃんと言わなきゃ。


「…………」


 そう思いながらスマホを見ていると、水滴がポツポツと画面の上に落ちてきた。


 少し経ってそれが自分の涙だと気づいた私は、ずっと心の中にあった感情と向き合う時が来たのを悟る。

 


「私は、青葉くんが……好き」



 だから、苦しいんだ。

 だから、一緒に居たいんだ。


「好きだよ、青葉くん」


 青葉くんのトーク画面を見ながら、私はそう呟いた。


「あなたが、好き」


 ……でも、この気持ちを彼に伝えることはない。


 その言葉は、ただただ彼を困らせる言葉になってしまうから。これから活躍していく彼の、足を引っ張ってしまうから。

 なんの取り柄もない私は、彼のお荷物になるから。


「青葉くんも、私のこと好きだったら良いのにな」


 まあ、取り柄があったって、彼は女性が怖いんだもんね。一緒に居られるわけないじゃないの。

 今まで無理して一緒に居てくれてたんだから、それで満足しなさいよ、私。



 テストまで、後2日。

 どうか、笑って過ごせますように。


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