その感情に名前を付けるなら



 昼休みのことがあって気まずかったけど、眞田くんのおかげで普通に話せてる。良かった。


「ただいまー!」

「ただいま!」

「ちょっと!リビング行く前に手洗いうがいよ!!」


 バタバタと廊下を走る双子に声をかけるけど、聞いちゃいない!

 連日青葉くんが一緒だから、はしゃいでるのよ。


「にいちゃん、遊ぼう!」

「オセロする!」

「人生ゲーム!」

「宿題先って、さっきお姉ちゃん言ってたよ?」

「うっ」

「うっ」

「でも、その前に手洗いうがいだね」

「はあい」

「わかった!」


 ……だから、なんで青葉くんの言うことは素直に聞くのよ!


 私は、洗面所へと走る双子の背中を見ながら上着を脱ぎため息をついた。

 今日は、暑いから冷房入れよう。ああ、そうだ。青葉くんに麦茶渡さないと。


「座って待ってて、飲み物持ってくる」

「鈴木さんも飲むなら、俺やるよ。その間、眞田くんにライン送っちゃえば?」

「んー、じゃあお願いしようかな」


 いつも通り上着とセーターを脱いだ青葉くんは、そのままキッチンへと向かった。髪を結えながら、双子にも飲み物のリクエスト聞いてるわ。


 さて、私は眞田くんにラインしよ。確か、マリの前に座ってる人だよね。


『こんにちは、さっきはありがとう』

 を、スタンプと一緒に送信!完了!


 青葉くんの時はあれほど悩んだのに、眞田くんにはパッと送れた。日々成長ってところね!


「青葉くん、送った」

「お疲れ様。氷はいくつ?」

「2つ!」

「わかった。……鈴木さんって、眞田くんと今まで接点あった?」

「うん、クラスメイトでしょ?」

「そういうことじゃなくて……えっと」

「……?」


 どうしたの?


 青葉くんは、なんだか歯切れの悪い態度で麦茶を運んでくる。何か、私悪いことしたのかな。

 飲み物を受け取った双子は、一気に飲み干しランドセルの中身を出し始めた。それを横目に、私はソファへと座る。


「……ありがとう」

「隣、座って良い?」

「うん」


 私に飲み物をくれた青葉くんも、ソファに座ってきた。

 その手に持つグラスには、氷が1つ。……覚えておこう。


「あのさ……」

「なあに?」

「……自分からライン交換提案しといてアレなんだけど」

「……?」


 ライン交換?……ああ、眞田くんとのね。


 私は、青葉くんが口を開くのを静かに待った。


「………………もし、あの時スーパーで会ったのが俺じゃなくて眞田くんでも、こうやって家にあげてた?」


 すると、彼は目線を合わせずに小さな声でそう聞いてくる。ライン交換とどう関係するのかわからなかったけど、ちゃんと答えないといけない気がした。


「……」


 ……そんなことないって?

 けど、私は何て言えばいいのか分からず、グラスに視線を落とす。姿を偽る私と青葉くんが似ていたからあなたはあげたの、とでも言う?

 でも正反対じゃないの、私たち。青葉くんに失礼だわ。


 少しだけ溶けた氷が、麦茶の中でカラコロと涼しげな音を立てている。それに耳を傾けていると、


「あ、いや。もしそうだったら、ここにいるのは俺じゃなくて眞田くんだったのかなって考えちゃって」


 と、なぜか笑いながら言ってきた。

 

 どういう意味だろう?

 ここに眞田くんが?……青葉くんの場所に、眞田くん?


「ここにいるのは青葉くんでしょう?」

「……そう、だよね」


 眞田くんが居るって想像できない。けど、私は何故か青葉くんの言葉で、昼休みにふみかとした会話を思い出した。


「そういえば、ふみかに、青葉くんがタピオカ屋さんの店員さんかどうか聞かれたよ」

「……うん」

「でも、聞こえないフリしちゃった。青葉くんが顔隠してる理由も聞かれたけど、知らないフリしちゃった」


 あれ?

 ……私、青葉くんのこの格好を他の女子ひとに知られるの嫌だな。あの時、モヤモヤしてたのってそういうこと?


 私は、ふみかとの会話を改めて口にして、それに気づく。


「……俺のために黙っててくれて、ありがとう」

「うん……」


 違うよ。青葉くんのためじゃない。

 その言葉が出なかった。


 青葉くんは優しいから、私が負担にならないような言葉をくれる。

 でも、優しいのは私にだけじゃない。


 だって、『みんなに優しい青葉くん』でしょう?


 だから私は、その「みんな」が増えてほしくないなって。


 これじゃあ、ナイフで彼のことを傷つけた子と変わらないわ。だって、青葉くんの時間を無理やり奪ってるんだもの。

 好きなことしていいのに、私の買い物にご飯に双子の勉強で縛り付けて。終いには、送り迎えまで。私は、見えない傷を青葉くんに付けている。


 それをわかっていても、今はまだこのままでいたい。

 ごめんね、青葉くん。……ごめんね。

 

「……昼休み、間に入っちゃってごめんね」

「ううん……」

「これからも一緒に居て良い?」

「……うん」


 ほら、彼は私の欲しい言葉をくれる。


 私は、少しだけ震える青葉くんの言葉に小さく頷きながら、麦茶を口に流し込んだ。

 その感情とは真逆に、双子たちはローテーブルに宿題を並べながらキャッキャと笑い声をあげている。


 友達って、難しいな。

 

 

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