恐れたのは、彼女の「変化」
「カット!監督確認入ります!」
疲れたー!!
新人が多いせいか、お世辞が飛び交うこと飛び交うこと!
そのお世辞を聞くのも、ケータリングの変わり映えしない味も、スケジュールの詰めが甘い監督のことも、全部が疲労になってオレに蓄積されてる感じ。あー、一旦リセットしてぇ。
「OKです!休憩入ります!」
これから、次のセットを作るんだと。少しは休めるな。
「奏くん、お疲れ様〜」
「お疲れ様です」
今日は、千影さんも一緒のドラマ撮影。
相変わらず疲労の「ひ」の字も見せない千影さんは、すげーセクシーな紫色のドレスを着てオレに話しかけてくる。
休憩始めなのに、メイクも髪もバッチリ。よくよく見ると、手足のネイルも次のシーンに合うものになってるな。……ってことはだな。
「五月、もう来てんですか?」
「ええ、居るわよ」
やっぱ、五月来てんだ!今日は22時からって言ってたもんな。後で顔出してこよう。
「さっちゃん!ここ、ここ〜」
なんて考えてると、制服姿の本人が登場したじゃんか。……校章のバッジがないと、なんか間抜けだな。
千影さん、息子と同じ現場なのが嬉しいのか、人目も気にせず抱きついてやんの。
「……千影さん、その呼び方止めて」
「さっちゃんにメイクしてもらったの久しぶりだから嬉しくてね〜」
「呼び方」
「五月ちゃん」
「よ び か た」
「……五月くん」
「よろしい」
な?
仲良いだろ、この人たち。
千影さん、不満げに頬を膨らませて五月を見ている。
まあ、その容姿で「さっちゃん」はないわ。……なんて言うと、なんか飛んできそうだから黙ってよ。
「千影さん、監督が呼んでた」
「何かしら」
「今日のスタンドインさんが新しい人だから、色々打ち合わせしたいんだって」
「あら、今日は愛ちゃんじゃないのね。わかったわ、さっちゃ……五月」
……母親に対してする睨みじゃねぇよ、それ。
千影さんは、五月の睨みから逃げるようにそそくさと監督のいる控え室へと行ってしまう。
「相変わらずだな」
「あの人は一生あんな感じだと思うよ」
「千影さん、ちゃんと休めてんの?」
「さあ。演技してる時が一番休めるって言う人だから」
「すげえわ、お前の母親」
でも、なんだかんだ言って尊敬してるんだよな。五月が千影さん見る視線で、そういうのわかるよ。
「で、梓は大丈夫だったのか?」
「……まあ」
なんかあったな、その様子だと。
オレたちは、話をするため端に置かれている椅子へと座った。舞台付近の椅子でもいいんだけどさ、そこだと人通りが多いからうるさいんだよ。
「鈴木さんといつも一緒にいる友達が、セフレと学校でヤってた」
「あー。スポ専のあの集まりに居たってことか」
「らしいね。で、そこに鈴木さんを入れようとしてたっぽい」
「あっぶね。先に気づいて良かったな」
「……ってのを、今日の昼休みにその子が謝罪がてら鈴木さんに説明してしようとしてたんだ」
「何、お前もついてったってこと?」
「うん。あっちは、例の先輩も居たよ」
五月はそう言うと、椅子の背もたれに背中を預けた。
しようとしてた、か。オレは、そのまま五月の言葉に耳を傾ける。
「でも俺、その話遮ったんだ。鈴木さんには話聞こえないようにイヤホンつけさせて、俺が話聞いた」
「……お前、それは首突っ込みすぎだぞ」
「わかってる。……でも、どうしても聞かせたくなかった」
「梓にそう言う話は良くないってか?過保護すぎんだろ、お前は親か」
「違う」
オレがため息混じりにその行動を批難すると、遮るように五月は少しだけ大きな声を出してきた。
その感情的な声は、こいつにしては珍しい。
「……川久保さんの話、鈴木さん受け入れると思う?」
「川久保?……ああ、梓の友達か。うーん、急に言われたら混乱するかもな」
「……もしさ、拒絶されたら俺が耐えられなかったんだ。俺がしてたことは、川久保さんがしてたことと変わらない」
……相手のためじゃなかったのか。
そうだよな。こいつ、誰かのせいにするの嫌いだもんな。
でも、五月。
それは、「逃げ」だぞ。
「だから、お前は梓に隠したんだな」
「……」
「梓のこと信じられなくて、勝手に隠したんだ」
「……それは」
「違わねえだろ。お前は梓の変化が怖くて、あいつが考える機会を奪ったんだよ」
「……そう、なるよね」
なんだ、それはわかってんのか。
梓はお前の操り人形じゃねえ。ちゃんと、意思のある人間だよ。そこを履き違えたらダメだよな。
……たとえ、五月にとって守りたい相手だとしてもな。
「……今日、解散したら朝飯付き合え」
「うん、奢る」
「よっしゃ、高いモン考えとこ」
「はいはい。……俺、シャンパンタワー作ってくる」
「おう、よろしくな」
五月はありえないって言うけど、オレは梓と笑ってるお前が見たい。それができたら、きっと過去のトラウマを克服できる。
五月。
これを機に、肩の力抜こうな。いくらでも手伝うから。
オレは、五月の背中を見ながらそんなことを考えていた。
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