「普通」の友達




「…………」

「…………」


 私とふみかは、教室へ向かっていた。

 何を話せばいいのかわかんなくて、さっきから無言なんだ。この状態で、もう昇降口まで来ちゃった。


『川久保さん居るから、大丈夫だよね?俺は後で戻るよ』



 青葉くん、そう言って中庭のベンチに座っちゃったから2人きりなの。


 ……彼、大丈夫かな。なんだか、様子がいつもと違った気がして心配だわ。聞けない雰囲気だったから「わかった」とだけ返事しといたけど、何ひとつわかってない。

 後で、掃除の時間にでも話しかけてみよう。確か、担当場所が近かったはず。


「……ふみか」

「……梓」


 あ、かぶっちゃった。


 教室まで後少しってところで、私たちは同時に喋り出す。

 それがなんだか面白くて、これまた同時に笑っちゃった。なんだか、その笑いで一気に打ち解けた気がするわ。


「色々ごめんね」

「……それより、牧原先輩とはどんな関係なの?」


 さっき、どんな話してたの?


 本当はそう聞こうと思った。

 でも、きっと答えてくれないだろうなって。そんな気がして言えなかったんだ。

 それに、今聞いたら青葉くんのさっきの行動が無駄になりそうで。


「……友達なの。普通の、友達」

「そう……」


 ああ。

 これも、ちゃんと答えてくれないんだ。

 ふみか、後ろめたいことあると早口になるんだよね。気づいてない?


 私がふみかの顔を覗くと、その視線に気づいたからなのか立ち止まっちゃった。その表情は、今まで見たどのふみかより暗い。


「……ごめん。正確には違う」

「私には言えない?」

「…………うん。私、梓が思ってるような人じゃないんだ。本当のこと言って、軽蔑されるのが怖い」

「……軽蔑、しないよ。友達だもの」


 やっぱり、何か隠してる。

 軽蔑されるようなことってなんだろう?


 でも、これ以上は聞けない。

 だって、聞いたらふみかが泣きそうで。私には、聞けないわ。

 

「……ありがとう」

「その……牧原先輩には、嫌なことされてないんでしょ?」

「されてない。ソラ先輩は、私のこと助けてくれる」

「そう。なら、いいわ」

「逃げちゃってごめんね。さっきも、話ちゃんとできなくて」


 恋人同士、ではなさそうね。

 結局、牧原先輩は何がしたかったんだろう。


 まあ、最初に会った時よりは怖くなかったけど。苛立ちも、ふみかの顔見てたらなくなったわ。

 ……って言っても、お茶するような仲になるのはお断り。2人きりにはなりたくないもの。


「……いつか話してくれる?」

「…………卒業までには」

「わかった。待ってるね」

「それまで、友達で居てくれる?」

「それまで?高校卒業しても、ずっと友達でしょう?」

「……うん。ありがとう。梓も青葉も、こんな私に優しすぎるよ……」


 その声は、震えていた。きっと、必死になって泣くのを我慢してるんだ。

 ふみか、瑞季みたい。言いたいことがあるのに、言ったら嫌われると思って我慢してる感じがそっくり。我慢、しなくていいのにな。


「……ふみか」

「ごめん。……ごめん」

「謝ることじゃないよ」


 ああ、なんとなくわかっちゃった。

 青葉くん、私とふみかの関係を気にして耳を塞いだんだ。


 何があったのかはわからないけど、ふみかにとってそれだけ大きな出来事があったんだろうな。

 私が口を挟めないような。アドバイスできないような、何かが。


 でも、青葉くんはわかってない。

 私がふみかを拒絶するとでも思ったの?

 友達だもん、そんなことしないよ。そんな、薄い友情じゃない。


「梓、青葉って良い奴なんだな。知らなかったよ」

「うん。青葉くんは、優しい人だよ」

「……なんで、あんな格好で過ごしてるか知ってる?」

「…………知らない」

「そっか」


 私は、その答えを知っている。

 でも、答えたくなかった。

 なんでだろう?自分でもよくわからない。


 周りには、教室へと帰っていく人たちが通り過ぎていく。

 なんだか、私たちのところだけ時間が止まったような感じね。


「ねえ、梓。青葉って、もしかしてタピオカ屋の……」

「え?何か言った?」


 聞こえてるくせに。

 でも、周りのざわめきで聞こえなかったふりをしてしまった。


 私、どうしちゃったの?


「……ううん、なんでもない。次、数Ⅱ?」

「うん。定規とコンパス使うって言ってた」

「何するんだろ?」

「さあ。今更円周率なんかやらないでしょう」

「だよねえ」


 私とふみかは、他愛もない話をしながら教室へ戻る。

 ……仲直りできたのに、気持ちは重い。なんだかモヤモヤする。



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