恋人はファッションじゃない

ありがとうを聞き逃して



「あ、鈴木さんおはよう」

「梓!早くしなさい、瑞季たちはもう行っちゃったわよ!」


 次の日の朝。


 なぜか、リビングには朝食の準備をするお母さんとそれを手伝う青葉くんがいる。

 パジャマ姿の私は、その光景に頭が追いつかない。


「…………え?」


 ……パジャマ姿の!私は!!その光景に!!!


 なんて言ってる場合じゃないわ!

 「すっぴん」「髪ボサ」リーチ状態の私は、猛スピードでリビングから出ていった。

 後ろからは、お母さんの「ほら、言った通りの反応!」とはしゃぐ声が聞こえてくる。



***



「……なんか、ごめん」

「いえ、私がライン見てなかったから」


 私たちは、ニヤニヤ顔を隠そうともしないお母さんに見送られて学校へと向かった。


 私が見てなかったんだけど、青葉くんから何件かラインが入ってたの。……昨日のふみかのラインもそうだけど、もう少し頻繁にスマホ見たほうが良さそうね。


「お母さん、楽しい人だね」

「……なんて言ったら良いか」

「あはは。それに、鈴木さんはお母さん似だね。なんだか、鈴木さんの将来を見た気になったよ」

「他の人にもよく言われるわ」

「要くんと瑞季ちゃんは、お父さん似?」

「うん。特に、要がそっくりなの」


 昨日約束した通り、青葉くんは首筋の跡をメイクで綺麗に消してくれた。

 本当は、顔もしたかったらしい。メイクしてリビングに行ったらなんだか残念そうな表情になってたわ。


「……なんの話してたの?」

「特に。お互いの仕事の話と、鈴木さんの家での様子とか」

「え、家での様子って……」

「お母さん、よくやってくれてるって言ってたよ。娘のこと、よろしくって言われちゃった」

「…………」


 お母さん、色々勘違いしてそう。後で訂正しておかないと。

 何をよろしくするのよ……。


「鈴木さんのお父さんの話も聞いたよ」

「ああ、仕事のこと?」

「うん。警察官なんだってね」

「そうなの。関西で交通整理やってるみたい」

「元々関西でやってたの?」

「ううん。警視庁から期間限定で関西行ってる」

「へー、そんな派遣あるんだ」


 ……良かった。青葉くん、特に変な顔してない。

 親が警察官だって話すると、みんな引くんだよね。交通整理だから、別に怖いことないのに。

 昔、授業参観に制服で来た時、しばらくみんな近寄ってくれなかったもの。


「あ、そうだ。あのね」


 そうそう。ふみかのこと言わないと。

 青葉くん心配してくれてるし、言った方が良いよね。


「あ、アズサちゃんだ。おはよう」

「……おはようございます」

「……知り合い?」


 学校前の交差点に差し掛かった時。

 私が口を開こうとすると、後ろから牧原先輩がやってきた。すると、青葉くんは私の手を握りしめそう聞いてくる。


「……えっと」

「昨日はごめんね。……って、もう消えちゃったの?」


 牧原先輩は、隣にいる青葉くんを気にせず私に向かって話しかけてくる。

 首筋のこと言ってるみたい。その言葉で、青葉くんも誰だかわかったらしい。


「鈴木さん、遅刻するから行こう」

「あ。う、うん」

「……ねえ、身なりちゃんとしないとアズサちゃんが笑われちゃうよ」

「……」


 前髪を垂らしセーター姿の青葉くんを見て、牧原先輩はそんなことを口にする。

 青葉くんは無視してそのまま校門へと向かおうと手を引っ張ってくるけど、私が許せなかった。


「彼はこのままでも、先輩よりずっと魅力的な人です。余計なお世話」

「……あ、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて」

「失礼します」


 私は、立ち止まって先輩に向かってそう言った。

 そんな言い方しなくても良いじゃないの!事情も知らないくせに!


「昼休み、僕も行くから」


 イライラが止まらない私は、牧原先輩の言葉を聞き逃し昇降口へと向かっていく。

 あ、バッジ。それに上着も。忘れてたけど、今更戻って聞くのも嫌だわ。


 ……なんだか、青葉くん静かになっちゃった。顔赤いし、先輩の言葉気にしてるのかな。


「……りがと」

「え?」

「教室、行こうか」

「あ、うん」


 最初、なんて言った?

 周りが煩くて、聞き取れなかったわ。


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