すれ違い




 夕飯を終えたのが、夜の7時。

 みんな手伝ってくれたから、片付けも早く終わったわ。ケーキも食べたし、青葉くんのカロリーも大丈夫ね。

 明日はなにを食べさせよう?


「鈴木さん、ここの問題……」

「これは、a sinθ + b cosθを計算してから点を取って」

「うーん」

「どこかに表を書いておくと良いわよ。途中計算みたいな感じで」

「やってみる」


 それからは、宿題タイム!

 先に、双子たちの音読を聞いた後、自分たちのね。


『上手に音読できたね』

『うん!おにいちゃん、ハンコ押して』

『わたしのも』

『うん』


 なんて言って、青葉くんが「鈴木」ってサインするのを見たときは、なんだか火山が爆発する勢いで身体が熱かった。普通にサインする青葉くんは、強キャラね。

 今度は、そんなことにならないよう、100均あたりでシャチハタを買ってこよう。うち、実印しかないからいつも直筆サインだったの。


「あれ、rって」

「それは、加法定理で解くの」

「あ、そっか」


 青葉くん、勉強は程々できるみたい。1から教えなくても、ヒントをあげればすぐ解けるって感じ。

 なんだか隣で一生懸命解いているのを見ると、微笑ましくなっちゃう。


 そもそも、なんで私の部屋で宿題してるかってことなんだけど、リビングでやろうとしたら双子に「あっち行って!」って言われたから。

 今日の宿題は、自分の家族についての作文なんだって。見られたくないなんて、可愛いところもあるよね。

 で、結局私の部屋に落ち着いたってわけ。綺麗にしといてよかった。


「鈴木さん、1年の時から成績よかったよね」

「え、なんで知ってるの?」

「あー、俺、1年の時不登校だった時期あって。それの補填で、生徒会のテスト回収手伝った時に見つけたんだ」

「……情報漏洩」

「まあ、今考えるとね」


 ……というか、不登校時代があったのね。中学の時のことが関係してるのかな。


 私がそんなことを考えてると、


「……奏から色々聞いたでしょ、中学のこと」

「あ……」


 やっぱり、中学の時のことだ。

 ……私、顔に出てた?


 青葉くんが、ノートに問題を写しながらそう言ってきた。もちろん、その目線はノートと問題集を行き来している。


「気を使わないでいいよ、昔の話だから」

「……ごめんなさい。橋下くんから色々聞いちゃって」

「いいよ、別に。あいつがベラベラ喋っただけだと思うし」

「あはは……。刺青も、それで入れたんだってね」

「うーん、まあ。傷を隠すの半分、威嚇半分って感じ」

「そう……」


 さらっと話してるけど、まだ心の傷は癒えてないんだろうな。

 さっきから、ノートばかりで、私の目を全然見てくれない。それに、緊張してるのか肩に力が入ってるわ。


 そりゃあ、怖いよね。

 今、この瞬間だって、私が刃物隠してたらって思われてても仕方ない。

 青葉くん、こうやってトラウマを克服しようとしてるのかも。だったら、私はそれを手伝ってあげたいな。


「……他にも何か聞いた?」


 青葉くんは、相変わらずノートにペンを走らせている。問題は解いていないようで、公式や問題文を書き写しているだけ。


 でも、目が泳いでるわ。そんなに、私が怖い?

 急に2人きりは、彼にとってハードルが高すぎたかも。もう少し、段階的に慣れさせてあげたほうが良かったかな。


「お仕事のことも聞いたわ」

「他は……?」

「……」


 なんだか、根掘り葉掘り聞かれている感じね。


 ……これは、言って良いものなのかしら?

 でも、聞いたことだから隠してたらなんか意識してるみたいで嫌だな。

 うん、言おう。


「えっと、その……女の子と遊ぶって。手が早いって、聞いたけど」

「……奏、殺す」

「え?」


 今、なんか一瞬すごいドス黒いオーラ見えたけど気のせい?

 青葉くんがなんか喋った気もしたんだけど、小さすぎて聞こえなかった。……もしかして、言ったらダメなやつだった?


「あ、いや。……ごめん。その」

「別に、私には関係ないわ。青葉くんの私生活だもの」


 私は、青葉くんの言葉に被せてそう言った。だって、変に意識しちゃいそうで。


「あ…………うん。そう、だよね」

「……?」


 あれ、なんかすごく悲しそうな顔してる?

 私、何か変なこと言ったかな。気を遣わせないように言ったんだけど。


「……鈴木さん。首の跡、明日の朝も隠すからそれまでは絆創膏貼っておこうか」

「やってくれるの?」

「うん。朝、迎え行くから」

「……ありがとう」

「あと、この問題なんだけど」

「あ、それ、ひっかけなの。まず、問題に書かれた最大値を出して」

「最大値って?」

「この問題だと……」


 気のせいだったみたい。


 私は、青葉くんの解いている問題に答えるため、ノートに微分係数のf′(x)=0を書き始めた。



***



『明日、お昼休みに時間ちょうだい』


 青葉くんと宿題をしている時間帯に、ふみかからラインが入っていた。私がそれに気づいたのは、寝る前にスマホを充電しようとした時。

 夜遅かったから、「了解」のスタンプだけ返しておいたわ。……大丈夫かな。


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