01

その日常は突然始まる

知らないクラスメイト



 高校2年。

 もうすぐ、夏が来る。



 ざわざわとした教室の中。

 私を含む生徒たちは、1限目の準備をしながら先生を待っていた。……とはいえ、最初の授業なので遅刻者なのか空いている席が目立つ。

 もう、みんな不真面目なんだから。


「ねえ、あずさー」

「何よ」

「宿題見せて」

「またぁ? 一昨日も見せたじゃないの」


 自席に腰掛け教室を見渡していると、クラスメイトの篠田しのだ マリが話しかけてきた。第二ボタンまで開けた胸元、ゆるゆるのリボン、短くなるよう丈を折ったスカート姿を披露して。

 そんな彼女は、いつもこうやって私のやった宿題を写そうとする。


「だって、忘れちゃって。今からやっても、終わらない!」

「ご愁傷様。写せるところはいいけど、今回はグラフの問題もあるから完全に写すのは無理だよ」

「うっそ、やらかした!」

「宿題内容くらい見ておきなさいよ……」

「だってぇ」


 県立マシロ高校は、地域の中で見れば進学校寄りの偏差値を持った場所だった。でも、進学校じゃないの。マリのように、入学できた子もちらほらいるのを知っているし。


 その代わり、芸術関係には力を入れているみたい。

 私のいる普通科の他に、芸術科、スポーツ科があるの。


「はあ……。梓くらいの頭脳があればよかったのにぃ」

「そこまで優秀じゃないって」

「嘘つき! 昨日発表された中間試験で学年7位だったじゃないの。廊下に名前載ってるの見たもん」

「偶然偶然。山が当たっただけ」

「はああ〜〜〜。私も山か宝くじを当てたい〜」

「どうでも良いけど、宿題はどうするの? 写すの、自分でやるの?」


 マリはルーズな子だけど、そこがまた面白い。変に時間を気にしないので、一緒に居て疲れない子だった。

 せっかちと自覚している私にとっても、ちょうど良いんだ。


 マリも、私のことが好きみたいでね。髪型、お揃いにしてるの。


「あ、忘れてた! 写させて!」

「ハイハイ。3限目には返してね。4限目で使うから」

「わかった、ありがとう。今度おごるから!」

「いいから、ちゃんと前向いて歩かないと、ぶつ、か……」

「わ!」


 ほら、言わんこっちゃない。

 宿題のノートを受け取ったマリは、前も向かずに歩き出すものだから正面から来た人にぶつかってしまう。


「いったあい!」

「……っ」


 かろうじて踏ん張ったマリと違い、ぶつかった人物は後ろのめりになり転けてしまった。

 私が席を立って助けようとすると、


「大丈夫? マリがごめんね」

「……」


 その人物……もうすぐ夏だというのにセーター姿の男の子は、素早く立ち上がると無言でそそくさと退散してしまう。

 その行動に視線を向けていると、どうやらクラスメイトだったみたい。窓際の席に腰をおろしている。

 誰だろう? ていうか、何か一言喋ったら?


「……さすがジミーくんね!」

「知ってる人?」

「知ってるって、クラスメイトの青葉あおばくんじゃないの! もう何ヶ月一緒なのさ」

「わ、わかってるわよぅ……」


 私は焦りながらも、その「青葉くん」に視線を戻す。

 あまり他人に興味がないから、未だにクラスメイトの顔と名前が一致しないの。いけないってわかってるんだけど、どうしようもない。


 それより、青葉くんとやら。

 男だっていうのに、伸びきった黒髪が鬱陶しそう。特に、鼻まで隠れそうなほど長い前髪! 絶対目が悪くなるわよ。これ、校則違反じゃないの?


「もう、梓は人に興味なさすぎ!」

「そう言うマリは常識がない! ちゃんと謝りなさいよ」

「えー、今更無理ー」

「全く……」


 まあ、私も違反云々言える人ではないけど。


 黒髪が校則だというのに、茶色に染め、綺麗にパーマのかけられたウェーブ髪を披露しているのだから。それに、これまた校則違反のド派手なギャルメイクも追加ね。

 昨日も、生活指導の先生から容姿を注意されたっけ。でもいいじゃない、お洒落したって。


「みんなー、席につけよー」


 そこに、担任で1限目の担当である小林こばやし先生がやってきた。

 私とマリは、「また後で」と言って素早く自席に戻る。


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