終話
瞬間。
真っ白な天井が僕の視界に飛び込んできた。此処は…町は…あれ、何だか身体が重たいような気がする…
首を左右に動かしてみると、簡素な病院のベッドに横たえられてるのがわかった。点滴が僕の腕に刺さってて、何だかわからない機械が電子的な音を定期的に鳴らしてる。
涙が溢れて来た。
どうして泣いてるのかはわからないけど、止めどなく溢れてくる涙は僕の頬を伝って耳の方へ流れていく。
ああ。僕は帰って来たんだ。
看護婦さんが現れて僕が目を覚ましているのを見て驚いたようにドクターを呼びに行った。
毎日見舞いに来てくれてた母さんが、今日もやってきた。目を覚ましている僕を見て、頬に両手を当てて本気で驚いてる姿を見た。その姿を見て、僕は何故だか笑ってしまった。
父さんもすぐに飛んできてネクタイが少しずれてた。そんなに急がなくても僕は此処に帰って来たんだよ。だから二人とも、安心して。
僕は僕の人生に、小学五年生にして絶望した。このまま生きていても誰にも見られず、生きてる意味はないと。
ランドセルを背負ったまま屋上への階段を一段一段丁寧に昇る。相談できる友達もいない事に、笑ってしまうほどだ。
フェンスをよじ登る。小学校の、四階建ての校舎はそんなに高くない。でも、此処を僕の最後の場所にしよう。
飛んだ。
ランドセルが上手いクッションになってくれたみたいで、僕は生き伸びる事が出来た。救急車が呼ばれて、手術を受けて…心肺停止からどうにか復活する事が出来た。一度意識を取り戻しかけて、また眠るように意識不明の重体になった。
少しニュースになったらしい。けど起きた僕の事など世間はもう忘れていて、騒ぎにはならなかった。ニュースはその時ばかり騒ぐから、仕方ない事だけど。
その間僕は、あの世界にいた事になる。長いようで短かった僕の冒険。勇者でいられたのは僕の虚像で、現実世界ではただの小学五年生。
それでいいじゃないか。
僕はそう思えるようになっていた。あの世界で学んだ事は数えきれない。大切な、大切な思い出だ。
僕が意識を戻した後は激動だった。
母さんが連絡したのか、母さんは思い切りうれし泣きをしてて、父さんも少しだけ涙ぐんでた。
二人の話だと、僕は三カ月ほど眠りこんでいたらしい。母さんは毎日お見舞いに来てくれてたらしいんだけど、仕事をどうしたのか聞いてみると笑ってた。辞めたらしい。
仕事よりも、僕といる時間の方が大切なんだって気付いたって言ってた。それから、決まって謝るんだ。寂しい思いをさせて、相談に乗れなくてごめんねって。僕は気にしてないよって答えるけど…母さんは申し訳なさそうに笑うだけだった。
父さんは単身赴任から戻って、もう単身赴任しないよう会社に掛けあってくれてるらしい。でも、僕のせいで二人の生活が変わるのは申し訳ないので遠慮した。そしたら父さんが、家にいる時は目いっぱい遊ぼうって言ってくれた。そっちの方がよっぽど嬉しい。
勉強は三カ月遅れを取ったけど、クラスメイトの子達が順番で教えに来てくれた。クラスメイトの子達と話すのはほとんど初めてで最初は緊張したけど、すぐに打ち解ける事が出来た。こんな簡単な事ならどうしてもっと早くに挑戦しなかったんだろう。僕は自分で自分を笑ってしまった。
リハビリは少し辛かった。身体が重たくてギシギシ言って…固まった状態から一気に動き出したんだから仕方ないんだけど。友達って呼べるようになったクラスメイトと鬼ごっこをする約束をしたから、頑張って早く走れるようになりたくてしかたなかった。
夏の終わりから三カ月くらい寝込んで、リハビリと様子見で入院していた僕が退院したのは丁度六年生になる頃。新学期と共に僕は学校に戻った。
僕を守ってくれたランドセルは傷だらけになって潰れてた。母さんが新しいのを買うかって聞いてきたけど…後一年だし、僕を守ってくれたこのランドセルを使いたかった。
今までとは違う。
友達は沢山出来たし…
家に帰れば母さんがおやつを用意して待ってる。
塾にも習い事にも行ってない。
午後には友達と遊びに行く。
平凡な小学六年生になった。
ちょっぴり、皆より強くなったけどね。
日曜日には父さんがキャッチボールをしてくれたり、遊びに出掛けたりしてくれた。
僕は反抗期をあまり感じないまま大学を卒業した。
そして今…
母校に帰って来た。
僕が選んだ職業は小学校の教師。僕の様な子供を少しでも減らしたいと思って、この道を選んだ。それは中学の頃からの夢だった。
今日から始まる教師としての生活に、期待と不安を背負う。
まるであの世界に迷い込んだ時と同じだな。
そんな事を考えていたら、ふと彼女の声が聞こえた気がした。
「頑張ってるね。私も応援してる。君なら、大丈夫だよ。」
振り返っても誰もいない。当たり前かと苦笑して母校を仰ぎ見る。
そうして僕は…新たな一歩を踏み出した。
少年Cの冒険 河童伯爵 @kappa_Baron
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