親に押し付けられた借金で首が回らなくなった『ぼく』が、杏子と一緒にテキーラを飲んで、そのまま石抱えて湖に沈んでいくお話。
とまあ、ここまで書くと完全に入水自殺のお話で、事実そのつもりで読んでいたのですけれど。よく見たら現代ファンタジーで、どうも現実の世界とはちょっと勝手が違うみたいです。
例えば5メートル級のウナギがいたり、あと入水しても酔っている間は窒息しなかったり。冒頭を抜けたあたりでの突然の転調、急に物語のリアリティラインが変わったように見えて、でも実は全然そんなことはない(ただそう錯覚させられていただけ)という不意打ちが面白かったです。入水自殺にしか見えなかった目の前の景色が、まったく違うものに見えるようになる瞬間。
タイトルと章題に共通する『酔っ払い』という語の通り、作品全体に通底する酩酊感、ちょっと酔っ払ったみたいな幻想の風景がとても魅力的です。青く染まった水中の景色。いえ夜の湖なので暗い(黒い)のかもしれませんけど、でも月光が届いているようなのでやっぱり青のイメージ。酔生夢死、というとちょっと意味が違うのですけれど、でも酔っていて生きるか死ぬかの際にあって、それでいて夢のような景色が続いているなので、むしろ今日からこっちが酔生夢死でいいと思います。
この世界の物理法則は結構独特なようにも思えるのですが、でもそのわりにはスッと飲み込めたのがなんだか驚きました。わかりやすさというかわからせ上手というか。なんだか絵本のような雰囲気、という感想は、でもたぶん嘘っていうか登場人物のおかげだと思います。だってやってること自体は絵本みたいな牧歌的な世界と程遠い(借金に追われての命がけの冒険)。にもかかわらずそんなに悲惨な感じを抱かせない、杏子さんと『ぼく』のこのふわっとした感じがとても好きです。
ふんわりした幻想的なお話ではあるのですけれど、同時にしっかり物語しているのも嬉しいです。苦難があり、それに立ち向かい、でも敵わず危機に陥ったり……と、だいぶしっかりした冒険をしている。特に終盤手前、絶体絶命の状況を半ば受け入れそうになりさえするのですが、でも悲劇的であっても暗い話にはならないんです。このふんわりした優しい雰囲気と、実際に起こっている出来事のハードコアさ加減、このふたつがうまく両立されているというか、それぞれいいとこ取りしているのがすごいなと思いました。どうやってるんです?
その上で、一番好き、というかもう心底最高だと思ったのは、やっぱり終盤から結びにかけての展開です。ハッピーエンド。それも個人的にはもうこれ以上ない、まさにお「手本のような」という形容のぴったりくる感じのそれ。幸せな結末の前にはまず苦難があって、その振れ幅が大きければ大きいほどハッピーエンドの威力は増すのですけれど、でもさっきの〝いいとこどり〟のおかげで、余計な副作用(重かったり辛かったりするところ)が抑えられている。読み手の心が折れないようにしてあるのに、でも落差だけはきっちり効いている、というこのずるさ。
よかったです。本当にただただ「無条件にいい」と言いたくなる、心の洗われるような見事なハッピーエンドでした。大好き!
水の中でそんな喋ったら酸素欠乏で死んじゃうよ!てか水中でその意思疎通はもはやテレパス!しかも寝るんかい!諦めるな!と突っ込みどころは終始満載ですが矛盾しません。なぜなら「酔っ払いに不可能はない」からです。
このお話はスペイン産のテキーラによるミラクル効果の勢いだけで全てを乗り切ることを良しとしています。それがむちゃくちゃに良い!雑な言い方になってしまうけれど整合性とかリアリティなんてものはもうどうだっていい!この物語の最大の発明は「テキーラ」です。その効果が悲惨なバックボーンや「ぼく」の煮え切らない態度なんかを全部吹き飛ばしてエンタメとしての強度を保たせてる。すごい!MADMAX観た時みたい!
あと杏子ちゃんの女神性。これです。「ぼく」を見捨てないことに始まり、死ぬ時は一緒だよ、なるようになるさ精神。全ての卑屈を殺していく。ハッピーエンドというかエンドレスハッピーだよ……