◆4

「……」

 意識が、まどろみの中から帰ってくる。

 一緒に戻ってくる身体の感覚は、心地の良い揺れと、モーターの音を認識する。

 横の窓を見れば、高速で流れ走る景色があって。

 そうだった。私は電車に乗っていたのだった。

「んぅ……」

 優里香と、二人で。優里香も、私の肩を枕に眠っている。無理も無い、私達は始発の電車に乗っているのだ。休日のこの時間、学生は誰だって寝ているはずで、そりゃ眠い。

 ボックス席から周りを見回すと、私達以外に乗客はいなかった。何駅進んだのか分からなかったが、乗ったときと変わらず貸切状態だった。悪い気はしない。

 私達が向かっているのは、海だった。泳ぎに行く訳ではなく、ただ、海を見る為だけ。当たり前だ、今は冬である。この季節に泳ぐ事を想像するだけでクソ寒い。というか痛い。

 何故そんな、冬に海へ行くと言う真似をしているかと言うと。

「……」

 肩を枕に、眠っているこいつが発端である。

 回想。

 いつもどおりのある日のこと。

 優里香は立ち上がり言った。

『海行きたい』

 そんな、なんかの歌詞みたいな出来事が本当にあった。それもつい昨日だ。

『行ってくれば?』

『弥美も行こう』

『なんでだよ』

 そして、今に至る。ちなみに、どうしてこんな冬に海に行きたいのかを聞いたところ。

『海を覚えたい』

 だそうで。天才による御大層なその発言に、不覚にも心惹かれ、興味を持ってしまったものだから私も着いていくことにしたのだ。

 駅で待ち合わせして、電車に乗って。三十分ほど揺られた所で私も優里香も寝てしまった、ということらしい。

 スマホの時計を見ると、事前に調べておいた到着時間まであと四十分近く掛かるようだ。

 優里香は寝ているし、起こすのも忍びない。暖かい車両の中で、ただただ時間が過ぎるのを待つしか無いかと思っていた、矢先。

「──ぅあっ」

「おっと」

 列車が一度、大きく揺れた。その弾みで、優里香が起きた。顔を上げて、きょろきょろとして。そして私を見た。

「――変なこと聞いていい?」

「いいけど」

「日本の首都は?」

「……東京?」

「よかった、夢だった!」

 と。

「どんな夢を見てたんだ……」

「ん? んーと。日本の首都が鳥取になる夢?」

 愉快な夢すぎる。

「なんで鳥取?」

「わたしが知りたい。……んーっ」

 優里香は伸びをしてから、ペットボトルのお茶を少し飲んだ。その所作を、私はなんとなく眺めていたら目が合った。

「どしたの?」

「ん。ええと」

 優里香に問われる。何故かは分からないが、見ていた事が何だか急に恥ずかしくなった。

「お前、見た夢も覚えられるのか?」

 なので、咄嗟の誤魔化しとして、そんな事を聞いた。

「覚えてるよ。お陰様で起きた直後の世界が現実なのか夢なのか分からなかったことがあるよ」

 さっきみたいにか。

「夢も忘れられないんじゃ大変だな」

「そうだねえ。わたしの見る夢って大体理不尽な展開になりがちみたいだから、誰かに話すと大体ウケるんだけど」

「へえ。例えば?」

「コンビニで買い物をした時に、店員さんとじゃんけんして勝ったら商品が5%オフになるけど、負けたら消費税が300%になる法律が成立して、わたしがじゃんけんに418連敗してギネスに乗る夢」

「んっふ」

 負け過ぎだろ。どんな確率だよ。

「その夢には続きがあって、夢から覚めた後にコンビニで買い物した後じゃんけんする為に無意識のうちに店員さんに手を差し出して困惑させちゃったってオチ付き」

「お前面白いな」

 光景を想像して、笑った。

「滅茶苦茶恥ずかしかったよ。店員さんの『え、なにその手』みたいな表情がさあ」

「……ん? その夢見たの、もしかして最近か?」

 それも、記憶消した後くらいの。

「よく分かったね」

「恥ずかしい思いをした事をわざわざノートに書いたりするもんかねって思っただけだ」

「なるほどね。弥美もわたしの事、分かってきたね」

「ただの論理的な考えなだけだろう……」

 条件さえ整ってれば誰でも考えられると思うが。

「いやいや。あの頃の弥美はわたしの事何も分かってなかったでしょう」

「あの頃ってのは」

「ちょうど一ヶ月前に弥美が『私の興味をここまで惹いた奴が、もう私に興味を持ってないだなんて、そんな事が許せるか』って言った頃」

「やめろ恥ずかしい! 引用するな!」

 きっちり覚えてるだけタチが悪い。

 ……そうか。そんな事言ったのが、もう一ヶ月も前か。結局、あの出来事から私達はそこそこ仲の良い友人になれたと、自惚れている。

「きっと、前のわたしは弥美とこんなに仲良くなれるとは思ってなかっただろうな。一緒に海行くとかさ」

「そうだなあ」

「惜しむべきは、わたしが弥美の事が好きだった頃にこうしたデートをしたかった事だけど」

「デートて」

「デートでしょう。実質」

「実質て」

 実質を言いたいだけだろう。もはや。

「弥美」

「ん?」

「私、海に着いたらやりたいことがあるんだけど」

「何」

「『海だー!』ってやつ。アニメとかで水着姿のキャラクター達がなんかこう……海だーって言いながらやるアレ」

 いや、分かるけども。そういう変な知識ばっかり覚えてたらまたすぐ頭痛くなるんじゃないのか。

「……やればいいじゃん。私は止めねえよ」

「弥美もやるんだよ」

「なんでだよ。やだよ恥ずかしい」

「えー。いいでしょう、恥ずかしい台詞言ったんだから今更どうってこと無いよ」

「海だーってやる方がよっぽど恥ずかしいわ!」


 ――そんな感じで。中身の無い会話で盛り上がる私達を乗せた列車は海へとひたすら進む。

 私と優里香の関係は、目に見えて変わった。恋愛感情の絡んだ、優里香の消えてしまった記憶によって。そして、私と優里香が友人同士になった事で、分かったことがある。

 優里香は、いくらか面倒くさい女だ。

 それが、それだけが言いたかった。

 最初にも言ったけど。な。


◆了

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消える記憶 るびび @karuby77

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