空気の読めないJKはお釈迦様から他人の思考を読めるスキルを頂き、高校生をやり直すことになりました。
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空気の読めない少女
柳田椿は校門を出ると、地獄坂という椿が通う桜花高校の名物坂をため息をつきながら下っていた。
ため息の理由はクラスメイトの女子皆からのシカトだ。そう。彼女はクラス内で浮いていた。その原因は『場の空気を読めないから』だった。
椿はシカトされてようやく自分が空気を読めない、皆と噛み合わない存在だと知った。でも、気づいた時には時すでに遅し。今日で一か月皆からシカトされている。
呆然と歩いていた椿は、自分が歩道橋の上にいることに気づいた。そして下を覗くと流れる車を見てここから飛び降りて車に轢かれれば自分は楽になれるだろうと漠然と思った。
すると一台のトラックが猛スピードで走ってくるのが見えた。
すっと体が動いた。何も考えが浮かばなかった。ただ、歩道橋から身を投げた。
椿は闇の中にいた。自分が存在していることは分かるが、手も、足も見えない、そんな暗闇だった。
「そうか。私、死ねたんだ」
ポツリと言った言葉が闇に溶け込み、椿の自責の念をかり立てる。
「死にたくなかった。死にたくなかったよう……」
涙が頬を伝う。しかし、闇が何か答えてくれるはずもない。
それでも椿は何度も「死にたくなかったよう」と繰り返し呟いた。
そんな時だった。一本の輝く糸がスッと降りてきた。それはとても細く、人が引っ張ったら切れそうな、華奢な糸だった。
しかし椿は国語の時間にやった、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出した。
お釈迦様が垂らした糸。罪人がのぼり、しかし途中で切れてしまった糸。
椿は思う。自分は自殺をした罪人なのだと。しかしお釈迦様はそんな私を助けようとしてくれている。
彼女は迷わず糸を掴み、のぼり始めた。
上り始めて中ごろになると、頭上から光がさしているのが分かった。体力的に限界が来ていたが、お釈迦様に会うために頑張った。もしお釈迦様に会えれば生き返らせてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
そして椿は糸をのぼりきった。すると一人のいかにも悟りを開いた人みたいな人がいた。きっとそれがお釈迦様なのだと椿は直感でそう決めつけた。
「あの、お釈迦様。私を生き返らせてください」
椿は直球勝負を仕掛けた。自分の願望だけを相手にぶつけた。それは空気が読めないが故の行為だった。
しかしそんな椿を見て、お釈迦様は笑い、
「いいですよ」
と言った。
椿は内心喜んだ。と、それと同時に暗澹とした。どうせ生き返ってもシカトされるのだと。
お釈迦様はそんな椿を見て、
「あなたには罰を与えます。自らの命を自らで絶った罪です」
そう言うとお釈迦様は椿の額に手を当てた。そして何かを呟くと目を閉じた。
数分経つとお釈迦様は椿の額から手を放し、「それでは天界を旅立ちなさい」
そう言うと、どこからともなく現れた黒い穴の中に椿を落とした。
落ちていく感覚の中で椿は気を失った。
気が付くと教室にいた。皆が着席している。すると椿の前の席の少女が立ち、自己紹介を始めた。
椿は強烈なデジャブを感じた。これは入学式後の自己紹介をしている場なのだと少しして気づいた。
つまり高校生のやり直しをお釈迦様は椿に求めたのだ。
椿の番になり、そつなく自己紹介をし終えると席に着いた。そしてお釈迦様の言っていた罰とは、高校生のやり直しをするということなのかとそう思った。
椿は今度こそ空気を読める女になろうと決意した。しかし、空気を読めるとはどういうことなのか分からなかった。
椿はクラス全員の自己紹介が終わっても、頭の中は空気をどう読めばいいかという漠然とした不安でいっぱいであった。
そんな中、椿の前の席の少女がスマホを出して振り向いた。そして微笑みながら、
「メアドとか電話番号とか教えてよ」
と言った。椿はその少女のことをよく知っていた。高校三年生になるまでにクラスのカースト一位となる少女だということを。その名を後藤美咲という。
「うん。今教えるね」
そう言ってメアドと電話番号を交換した。
「これでLINEもできるね」
その言葉に椿は少しゾッとした。LINEをしていて既読スルーを何回もされたことを。あれもまた空気が読めないが故の仕打ちなのだったと。今ならそう分かる。
しかし怖気づいてもいられない。美咲を絶対に敵に回してはならない。
仲良くしなければならない。そしてそれができれば自分もカーストの上位にいれる。
そう思った直後だった。美咲の声で、
『髪飾りを見てほしいな』
と声がした。それは椿の脳内に語り掛けるような声だった。また、その声が聞こえた時、美咲は喋っていなかった。椿は惑った。この現象は何なのかと。
するとまた、
『髪飾りを褒めてほしいな』
と声が脳内にした。だから椿は博打をすることにした。もしかしたらこの声は美咲の考えていることを自分が読み取っているのではないかと。それに賭けた。
「その蝶の髪飾り綺麗だね」
そう言うと美咲の顔がパッと咲いた。
「でしょ。可愛いでしょ。この髪飾りお気に入りなんだ」
「そうなんだ。美咲さんに似合ってる」
「さんは付けなくていいよ。美咲でいいよ」
「わかった。美咲」
『椿と仲良くしたい』
椿の脳内にまた美咲の声がした。
椿は褒めたことを空気が読めたのだと確信した。この調子で皆の思考を読み取っていけば、空気を読めば、クラスでシカトにあうこともなくなる。
椿はお釈迦様に感謝した。思考を読める能力をくれたことに。
そんなことを考えている美咲が、
「これからよろしくね、椿」
そう言って手を差し出した。だから椿はその手を握り、
「こちらこそよろしく」
と言った。
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