君は知らない

SIN

第1話


「はぁ、はぁ……早くしないと遅刻しちゃう!」

足を必死に動かして走るが、リュックを背負っているせいでうまく走れない。春奈にとってはあまり経験のないこと。今日は珍しく寝坊してしまった。

 学校が見えてきて腕時計を確認すれば、もう間に合うかどうか分からないギリギリの時間。階段を駆け上がって、教室のドアを開けると同時にチャイムが鳴った。荒々しい息を整えながら席に着く。クラスメイトの視線が痛い。が、今は登校時間に間に合ったことへの喜びで春奈の心は満たされていた。席に着くとすぐ、隣の席に座る親友の柊真が驚いた表情をこちらに向けた。

「遅刻ギリギリなんて珍しいね。なんかあった?」

柊真とは幼稚園からの仲で、春奈のよき理解者である。家も隣同士で、昔はよく一緒に遊んだものだ。高校まで同じになるとは思ってもいなかったが。



今日の授業が終わり、手を上に向けて伸びをする。

「お疲れ様。帰ってゆっくりしたいところだけど、今日の予定は忘れてないよね?」

「……塾、でしょ」

「正解。じゃあ行こう!」

柊真は昔からそうだ。変なところでやる気を見せる。まあそこが柊真のいいところでもあるのだが。



 塾が終わって外に出れば、春奈は慣れない寒さに思わず首を竦めた。それに気づいた柊真がポケットから手を出して春奈の前に差し出した。

「手、繋ごうか?」

「ううん。大丈夫」

春奈は首を振って自分のポケットに手を突っ込み歩き始める。二人で並んで歩いていると、柊真が先に口を開いた。

「春奈、好きな人いる?」

急な質問に少し戸惑った表情を見せる春奈。柊真とこんな話をするのは初めてだった。少しの沈黙の後。

「ごめん、今の忘れて」

そう言って柊真は足早に家に帰って行く。春奈はそんな彼の背中を見つめていた。あんな柊真、全然柊真らしくなかった。

 春奈も家に帰りリビングに行く。テーブルには軽食が用意されていて、空腹の春奈を誘惑する。春奈がそれを手にしようとした時だった。ピピっという無機質な機械音が静かな部屋に響き、春奈はそれをポケットから取り出す。画面を見ると、母からのメッセージが表示されていた。“軽食作っておいたから食べてね。あと、今度からうちに葵君が泊まることになったから”とだけある。忙しいのか、母らしくない短い文章だった。

「葵さんが泊まる……?」

葵は春奈の従兄で、会ったことがあるのは親戚同士の集まりくらい。しゃべったことはなく、いつも近づき難いオーラを放っていた。

「何でうちに?」

そう呟いたものの、答えてくれる人なんていなくて。春奈はあきらめて、静かな部屋をあとにした。


 香ばしいトーストの香りで目が覚める。寝室を出て一階に下りると母が朝ご飯を作ってくれていた。トーストにかぶりつき牛乳を一口。今日は昨日と違って余裕があり、ゆっくりと朝の時間を味わう。そんな気分に浸っていると朝には似合わないインターホンが音を立てた。聞き覚えのある声がする。どうやら柊真が来たらしい。


「行ってきます」

重たいリュックを背負って家を出ると、ずっと待っていたのだろう、柊真が手をこすり合わせていた。春奈に気づくと

「春奈おはよう」

そう言って横に並ぶ。

「今日どうかしたの?朝早く」

「春奈が昨日寝坊したから起こしに来た!」

ニカッと笑ってみせる柊真。

「ありがとう」

そんな笑顔に春奈もつられて笑った。

 席に着けばいつも通り、柊真はクラスメイトに囲まれる。春奈は隣で話し声を聞きながら、頬杖をついて窓の外を眺めていた。

「もう冬か」

木から葉が落ちるのを見てそう呟いても、ただ隣の笑い声にかき消されるだけだった。

授業中、おもしろくもない先生の話を聞き流しながらぼーっと窓の外を眺めていると、隣にいる柊真につつかれる。小さな紙切れを渡され、中を開いてみると小さな字で“日曜日どこか行かない?”と書かれている。特に予定のなかった春奈はすぐに返事を書き、そのまま昼休みに。その日は動物園に行くことになった。


 外はもう暗く街灯が温かい色を放っていた。今日は塾はなく、最終下校時刻まで学校に残っていた。いつも通り柊真と家に帰ると、誰か来ているのか、玄関には黒いスニーカー。春奈は邪魔にならないようにそっと二階に上がった。しばらくすると玄関のドアが閉まる音が聞こえ、リビングに行くと母が

「おかえり」

と言って迎えてくれた。

「お母さん、さっきの人は?」

「ああ、彼ね。隣に引っ越して来たんだって。これ手土産でもらったから食べていいわよ」

そう言って母は紙袋を春奈に渡した。

「どんな人だったの?」

「うーん、歳は二十歳くらいかしら。背が高い男の人で、礼儀正しくてしっかりしてたわ」

そう言い終えるとキッチンに戻って、鼻歌交じりに料理をし始める。こんなに機嫌のいい母を見るのは久しぶりで、春奈もつられて微笑んだ。


 カーテンの隙間から差し込む太陽の光で目が覚める。今日は柊真と久しぶりのお出かけ。一緒に出かけるのは何年ぶりだろうか。カーテンを開けると目に飛び込んでくる、雲一つない澄んだ空。窓を開けて外の空気を胸いっぱいに吸い込み、朝の冷たくて冷えた空気を一口味わってから、春奈は寝室のドアを閉めた。


園内放送が流れふと時計を見ればあっという間に時間がたっていた。日も落ち始めていて、眩しい太陽がオレンジ色を煌びやかに放っている。動物園を出て家に着くころには辺りはすっかり暗くなり、目立つ街灯が春奈たちを照らしていた。歩いているとふと違和感を感じ足を止める春奈。

「春奈、どうかした?」

「あの家、電気ついてるなって」

春奈の視線をたどりその先にあったのは、新しい人が住み始めた春奈の隣の家。長い間明かりがついていなかったあの家を、春奈はじっと見つめていた。

「行こう、春奈」

柊真の声で我に返り、春奈は止まっていた足をゆっくりと動かして再び二人で歩き始める。二人がその家の前を通りかかったちょうどその時だった。その家の扉が開き現れる黒い影。春奈たちのほうに向かってくる。すると突然、春奈は懐かしい香りに包まれた。急なことに頭が追いつかない春奈。すると

「春奈、会いたかった」

と耳元で声がした。聞き覚えのある懐かしい声。少し高くて空気が混じったような声。それは春奈の大好きな人の声で。

「俊君……」

それを聞いた柊真は驚きの声を上げる。

「……え?俊……?」

俊と言われて浮かぶのはただ一人。あれこれ考えていると、黒い影の主が顔を上げた。

「久しぶり、柊真」

街灯に照らされた懐かしい顔がすべてを物語っていた。

「本当に、俊なの……?」

「そうだよ。僕だよ」

「俊!久しぶり!」

そう言って俊に抱き着く柊真。

「もう帰ってこないと思ってた」

「そんなこと思ってたの?そんなわけないでしょ」

そう言って俊はふっと笑う。

「……春奈がいるのに」

俊がそっと呟いた。誰にも聞こえないように。

「あ、引きとめちゃってごめんね。今度遊びにおいでよ」

俊は帰る二人を見送り、静かに家に入っていった。


家に帰りリビングに向かうと、椅子に座っている男性と目が合う。

「あ、葵さん」

「どうも」

そう言って会釈をする葵。意外と礼儀正しい人だな、と春奈は思った。春奈も葵に会釈をすると、母が用意してくれた夜ご飯にありついた。

 

「もう帰らなきゃ」

その言葉を合図に二人は帰り支度を始めた。机の上に散らばっていた勉強道具を片付けて校門を出る。だんだんと白い息が目立つようになってきた。すると校門を出てすぐのところに、見覚えのある黒い車がオレンジ色のランプをチカチカと点滅させながら止まっていた。運転席の扉が開き、長い脚が顔を出す。そこから出てきたのは俊だった。

「春奈!おかえり!」

春奈のところに駆け寄る。

「春奈、送るから乗って」

「え?送るってどこに?」

「そんなの春奈の家に決まってるでしょ。何言ってるの」

そう言って優しい笑顔を春奈に向けた。その笑顔、反則。そんな顔を向けられたら、心臓の音がうるさく聞こえてしまうのも無理はない。高鳴る鼓動を抑えようと下を向いて息を吐くと、俊がうつむいた春奈の顔を覗き込んだ。

「春奈、顔赤いよ?どうかした?」

「あ、ううん。なんでもない」

焦って返事をする春奈。すると

「俊―、僕は?乗せてくれないの?」

と言って柊真が二人の間に割り込んできた。俊は少し嫌そうな顔をしたものの、

「えー、もう、しょうがないなぁ」

そう言って後部座席のドアを開ける。一人でぶつぶつと何かを呟いていたが、春奈の耳には聞こえなかった。

それからというもの、俊がほぼ毎日車で迎えに行き、塾にも送って行くようになった。本当は春奈に会う口実を作るためなのだが。  そしてクリスマスが迫っていたある日のこと。車内で春奈と二人きりだった俊が口を開く。

「ねえ春奈。クリスマスって予定ある?」

「クリスマス?特にないけど……」

「じゃあさ、その日一日僕にちょうだい」

「え?」

「クリスマスの夜、連れていきたい場所があるんだ」

「うん。わかった。大丈夫だよ」


 クリスマス当日。

「行ってきます」

「何かあったら連絡してね」

「うん」

そう言って春奈は靴を履き、玄関のドアを開ける。俊がもうすでに待っていた。

「ごめん、待たせちゃって」

「ううん、大丈夫だよ。今来たばっかり」

そう言う俊の鼻が、少し赤くなっていた。

「じゃあ行こう」

そう言って手を差し出す俊。何かわからず俊を見ると

「ほら、手」

と言って春奈の手を握った。その瞬間、春奈の心臓がドキッと跳ねる。もう冬だというのに、春奈の体温は上がるばかりで。赤くなった顔をマフラーに埋め、必死に隠す。今だけは、冬でよかったと春奈は思った。

 お互いの温もりを感じながらしばらく二人で歩いていると、春奈の視界が急に暗くなった。

「わっ」

「ごめん。少しだけ目つぶってて」

俊が耳元で囁く。俊の手が春奈の目を覆っていた。そっと春奈の手を引き歩き出す。


「……もうちょっと待ってね」

立ち止まって俊が言う。そしてゆっくりとカウントダウンを始めた。

「3、2、1……いいよ。目開けて」

そう言われて春奈が目を開けると、視界いっぱいに青と白でライトアップされた、美しいイルミネーションが広がっていた。

「きれい……」

「気に入ってもらえたかな。僕のクリスマスプレゼント」

「うん!ありがとう!」

目をキラキラさせて笑う春奈が、俊には最高に可愛く見えた。手を繋いで幻想的な光の中を歩き始める。すると春奈が口を開いた。

「今日はいつもと色が違うね」

「実はクリスマスの日は特別で、九時になると色が変わるんだ。僕がまだここにいた頃お父さんに教えてもらって。春奈にも見せたくて」

きれいな景色を瞳に映し、クリスマスだけの特別な思い出を作った。そんな幸せな時間が終わりを迎えようとしていた時。俊が大きく息を吸ってすっとと吐き出す。その口から紡がれた言葉に、春奈は大きく目を見開いた。

「……え?」

「春奈のことが、好き」

そう言って俊は春奈の手をやさしく握り返した。しかし春奈はもうすでに、自分の答えを見つけていた。この気持ちの、俊に対する自分の気持ちの、その名前を。

「……好き」

春奈も繋がれた手をぎゅっと握り返す。

「私も俊君が好き」

二人の視線が交わる。少しだけ背伸びをして、重なり合う二つの影。そっと温もりが離れると、二人は指を絡め合った。お互いに照れ笑いを浮かべて、再びそっと、触れるだけのキスをして。


「今日はありがとう」

そう言って俊は春奈の額にキスを落とした。まだ絡め合ったままの指を名残惜しそうに見つめ、ゆっくりと離していく。

「バイバイ俊君。また明日」

春奈がドアに手をかけた時だった。

「やだ……まだ、一緒にいたい」

俊が春奈の手をぎゅっとつかんでいた。まるで離さないとでも言っているかのように。

すると春奈がふっと微笑み、掴まれた手をぐっと引き寄せる。

「俊君大好き」

俊の胸に顔を埋め、逃げるようにドアの向こうに消えていった。

「それは反則だよ……」


一方その頃、二階の窓からその光景を見ていた者がいた。

「くそっ……」

そう口に出しても、それは空気に混ざって消えていくだけで。葵はドアに背中を預け、そのままずり落ちていく。

「なんであいつなんだよ……。俺のほうがずっと、お前を好きなはずなのに」

 春奈とは昔から仲が良かった。従兄という関係ではあったものの、いつも一緒に遊んでいた。しかしそれは突然やってくる。不幸とは、そういうものだ。


 あの日の俺は、まさかあんなことが起こるなんて想像もしていなかった。いつも通り春奈と遊んで、いつも通り歩いていた帰り道。キーッという聞きなれない音に振り向き、俺は反射的に目を閉じた。激しい音が耳を劈く。しかし静寂はすぐに訪れた。あの音が嘘だったかのような静けさに目を開けたとき、俺はその光景に目を疑った。黒い車と崩れた塀。その横には、意識をなくした春奈が横たわっていた。数日後に目を覚ました春奈。春奈は俺を見てこう言った。

「お兄ちゃん、誰?」

今まで春奈と作ってきた思い出が、全てなくなっていた。何も描かれていない、真っ白なキャンバスのように。そんな俺に、医者は追い打ちをかけるように言う。

「春奈ちゃんには近づかないでほしい。記憶が戻ると、彼女にとって大きな負担になる可能性がある」

 この出来事から今まで春奈を避けるようにしていた葵にとって、親戚の集まりは春奈に会える唯一の機会で。会話すらできないものの、気付いた時には春奈を見ていて。目が合えばそっと逸らしていた。春奈との恋が叶わないことなんか、もうすでに、わかっていた。


 春奈と俊が付き合って一年が過ぎた頃。ある一つの話が春奈のもとに届いた。

「春奈、私、再婚することになったの」

母から告げられた突然の言葉に驚きを隠せない。言葉はさらに続いた。

「それで、海外に行くことになって」

そう言われて最初に頭に浮かんだのは俊のことだった。私が海外に行けば俊君とは一緒にはいられない。しかし母と離れて暮らすのもできない。そんな考えが春奈の頭に浮かんでいた。俊に相談しよう。いずれ俊には話さないといけなくなる。

 

一通り話し終わると、少しの沈黙があってから俊が口を開いた。

「春奈が少しでも行きたいと思っているなら、行って。別にさみしくないとか、春奈と離れてもいいとか、そんなんじゃなくて。春奈とは一緒にいたいし、正直に言うと、行かないでって言いたい。でも、春奈には家族を大事にしてほしい」

「……うん。ありがと、俊君。決心がついた」

そう言って顔を俯かせる。俊には、見せたくなかった。けどやっぱり、上手くは隠せなくて。

「泣かないで、春奈」

俊は春奈の頬に手を伸ばした。親指でそっと涙を拭う。

「僕たち一生会えなくなるっていうわけじゃないから大丈夫。離れていても、僕が会いに行くよ。だから大丈夫」

そう言って春奈をそっと抱きしめた。


 スーツケースに荷物を積め終えた春奈は、カーテンの隙間から見える外の景色に視線を移した。もうすでに日は暮れていて、俊の家の明かりが暗闇に光っていた。

「はぁ」

春奈は重い溜息を吐く。もう俊には会えないという思いが、春奈の中に積もっていた。すると誰か来たのだろうか、突然玄関の方が騒がしくなる。聞こえてきたのは、春奈のよく知る声。春奈が誰よりも知っている声。春奈が誰よりも会いたかった、彼の声で。部屋をノックする音に振り向けば、現れたのはやっぱり彼で。

「春奈」

「俊君……」

一歩ずつゆっくりと春奈に近づき、そっとやさしく抱きしめる。

「ごめん春奈、急に来て」

「ううん。会いたかった」

春奈はそっと、俊を抱きしめ返した。お互いにそっと離れると、俊が春奈に手を伸ばす。

「……して」

「え?」

「手、貸して」

そう言われて手を差し出す。

「そっちじゃない、こっち」

俊は春奈の右手をつかんだ。

右手の薬指に感じる冷たさに顔を上げると、俊と目が合う。

「予約」

そう言われて視線を落とすと、薬指に光る銀色の指輪。

「これって……」

「誰にもとられないように」

そういう俊の耳が、少し赤くなっていた。少しずつ近づく二人の距離。春奈の手に自分のを重ね、指と指をそっと絡めていく。ゆっくりと目を閉じて、二人の唇がそっと、重なった。それは春奈にとって初めての、大人のキスで。とても甘くて。そしてそれは少しずつ、塩気のある味に変わっていった。二人がそっと目を開ける。

「春奈、泣いてる」

「俊君だって」

ふっとお互いに笑い合えば、愛しさで心は満たされていった。

「愛してるよ、春奈」

「私もだよ、俊君」

「……ずるい。春奈も言って」

「恥ずかしいよ」

「うん、知ってる」

「俊君の意地悪。……愛してるよ、俊君」

「ふっ、可愛い。……絶対に会いに行くから」

「うん。待ってる」

最後にそっと触れるだけのキスをして。名残惜しそうに、絡まった指を離した。

 

晴れた空。まだ外は薄暗く、肌寒い。俊は空を仰いで深呼吸をした。

「春奈、待っててね」

そう言って掲げる手に握られているのは、愛する人に会うための、特別な紙切れ。

「行くの?俊」

「うん、行くよ」

「……そっか。春奈のことよろしくね。僕の大切な幼馴染だから」

「わかってる」

「俊もいなくなっちゃうなんて、なんだか寂しい」

「……きっとすぐに帰ってくると思うよ」

「え?」

「春奈と一緒にね」

「ふっ、そっか。じゃあお祝いの準備、しなくちゃね」

「ありがと、柊真。じゃあ、行くね」

「行ってらっしゃい」

俊は柊真に背を向け、足を前に踏み出した。

「春奈を泣かせるようなことしたら、僕が奪っちゃうからね」

そう呟いた柊真の声は、ただ白い息に、溶けていくだけ。


 鳥の歌声で目が覚める。カーテンを開けると、そこには綺麗な空が広がっていた。

「今日も頑張らなくちゃ」

そう言いながら春奈が伸びをしていると、インターホンが鳴る。誰だろう。玄関に行ってドアを開ける。春奈は目を丸くした。そこにいたのは、会いたくて会いたくてたまらなかった、愛しい人。春奈は名前を呼ぶ間もなく、愛しい香りに包まれた。春奈のよく知る、懐かしい香り。春奈の中で抑えていた愛しさが、一気に溢れて。

「春奈、待たせてごめん」

そう耳元でつぶやく彼。

「会いたかったよ、俊君」

どのくらい待っていただろうか。彼と再び抱きしめ合える、この瞬間を。しばらくして、お互いに抱きしめ合っていた手をそっと緩め、視線を交える。すると俊が片膝をついた。ポケットから白い箱を取り出し、蓋をゆっくりと開ける。春奈の中で、もう答えなど決まっていた。俊はそっと微笑んで言う。

「春奈、僕と結婚してください」


END

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君は知らない SIN @seventeen171122

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