第4話
巡礼の旅路は、次第に険しさを増していった。
最初のうちは、草も生えない荒れ地でこそあったが道は平坦で、「
青騎士は、アーシュカがこの旅に耐えられるか心配していたが、それは杞憂であった。
アーシュカは歩けば歩くほど、逞しく成長していった。青騎士が自分の食べる分を削ってアーシュカに与えたのも良かったのだろう。塔の階段を震える足で降りていたとは思えないほどの健脚に育ち、背も少し伸びた。白磁のようだった肌は日に焼けたものの
しばらくは青騎士の腕に掴まって歩いていたアーシュカだったが、そのうちに一人で歩けるようにもなった。巡礼の杖で前を探りながら、青騎士の甲冑の立てる音や足音を追う。かなりの悪路でない限りはこの歩き方で進むことができたし、狩りの手伝いや荷を背負うこともできるようになった。
青騎士には、このアーシュカが眩しかった。
青騎士とアーシュカは、北の霊峰まであと少し、というところまで来ていた。
その夜、何日かぶりに「施しの庵」にたどり着いた二人は、焚いた火のそばで休んでいた。北上するほどに少しずつ気温は下がり、夜は肌寒さを感じるくらいだった。小さな焚火だったが、温かさが体をほぐしてくれる気がした。
アーシュカは庵の長椅子に腰かけ、火に両手をかざしていた。火の周りの温かい空気はなんだか感触があるように思えて、指を曲げたり、
「それ以上は火傷をしてしまいます」
青騎士はいつの間にか、アーシュカの向かいから隣に来ていた。自分の手を離した青騎士の手を、今度はアーシュカが掴んだ。その硬い鎧を、腕から肩へ辿っていく。そうして
「嫌ならば断わってよい。お前の顔に、触れさせてはくれないか。冑ではなく」
長い旅路だったが、青騎士がその甲冑を脱いだことは数えるほどしかなかった。水場で水浴びをするときも、交代で行ったのでその下を知る機会は無かった。アーシュカが眠ってしまった後に甲冑を手入れするような気配を感じたこともあったが、定かではない。
青騎士はアーシュカの顔を見た。炎に照らされた顔はどこか憂いを帯びていて、深い影が整った顔立ちを浮き彫りにするようだった。
「殿下、あなたは美しい。神々が本当にあなたを呪ったとしたなら、その美しさに嫉妬したからでしょう」
青騎士は冑に触れるアーシュカの手に自分の手を添え、やんわりと外させた。アーシュカは残念そうに眉を下げたが、青騎士は自らの手で、その冑を脱いだのだった。
「どうぞ。殿下がそれを望むのであれば」
それを聞いたアーシュカは、おずおずと青騎士の顔に手を伸ばした。
最初に触れたのは、側頭部の柔らかな髪。前髪は伸ばして後ろに流しているようで、丸い額が露わになっている。違和感を覚えたのは、左のこめかみだった。不自然に盛り上がった筋がある。その筋を辿っていくと、頬を覆う
アーシュカはそうして青騎士の顔を一周した後、もう一度その左頬に触れた。
「私は、こういう男なのです、殿下」
青騎士がアーシュカの手に自らの手を重ねて言う。
「少し、身の上話をしても?」
「……聞こう」
青騎士は一つ深いため息をついて、話し始めた。
「私はここより遠く北の生まれで、その国では騎士こそが最も栄誉のある職でした。
祖父の代から騎士の家に生まれた私は、当然のように騎士の道を目指しました。幸い私は剣の才を受け継いでいたようで、騎士団の試験にも合格し、私の未来は前途洋々に思っていました。
一つ気がかりだったのは両親のことです。彼らは深く愛し合っていましたが、私の父はどうも、一人の愛では満足できない
……その夜、私は自室で休んでいました。私はまだ未熟な若者で、仲間と深酒をした後だったこともあり、夜更けに部屋に入ってくる者があっても眠り込んでしまっていました。
突然、左頬に焼けるような痛みが走り、私は飛び起きました。無我夢中で寝台のそばに立てかけていた剣を取り、部屋の中を動く侵入者の影を突きました。
痛みに耐えながら
私は、情けないことにしばらくへたり込んで動けませんでした。私は母の心が壊れてしまうのを見て見ぬふりしていました。私の顔は父にとてもよく似ていました。母が私の顔を見ながら私の名を呼ぶときの、声音がいつからか変わったのを思い出しました。いつの間にか私は、その場から逃げ出していました。
親を捨て、家を捨て、国を捨て、自分を捨て、そうしてずっと逃げてきて、私は今ここにいます」
そこまで話すと、青騎士は改めてアーシュカの前に跪いた。
「殿下、やはり私はあなたの供に相応しくありません。どの国の神であろうと、私のような者を許しはしないでしょう」
アーシュカはしばし黙っていたが、やがて青騎士の頭を撫でるように触れた。
「いまさら何を言うか。私の供はもはやそなたしかおらぬ。そなたでなくてはならぬ。それにこの国の神々は、この国の民を愛でるのに夢中であろうからな」
そう言うと、アーシュカは長椅子にごろりと横になって、青騎士に背を向けてしまった。それからこうも言った。
「
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